その手で強く、抱きしめて
 だけど、昼休みにその話を藍華にすると、「直接話すなんて危険だよ、絶対止めるべき」と止められてしまう。

 人の多い場所だろうと何だろうとヤケになれば人間はどんな事だって出来る。捨て身覚悟で何かしてくるかもしれない。

 そう、藍華は言っていた。

 確かに、世の中物騒な事件も多いし、ストーカー関連での事件は恐ろしいものも存在する。

 そんな風に言われてしまうとやっぱり怖くなってくる訳で、直接話すのに躊躇いが生じてくる。

 ただ、直倫はあのメッセージ以降約束を守ってくれているようで本当に何も送って来ないし、その日の夕方も電車で姿は見掛ける事は無かった。

 そしてそれは翌日も同じだったので、不安な気持ちは残るけれどきちんと約束を守ってくれているという部分を評価し、話せば分かるのでは無いかと信じてみたくなった私は悩みに悩んだ末、予定通り直倫に会う事を選んだ。


「綺咲、今日は来てくれてありがとう」
「ううん。こっちこそ、約束守ってくれて……ありがとう」

 土曜日の昼間、約束通りの場所で顔を合わせた私たちはカフェの奥の席に通され、向かい合わせに座る。

 何だかぎこちない感じで挨拶を交わした後、昼食にとサンドイッチセットを二つ頼んだ私たちは料理が運ばれて来るまでの間無言だったのだけど、運ばれて食べ始めてから少しすると、慣れてきたのか少しずつ会話も増え、思いの外穏やかな空気が流れていた。

 そして、食後にコーヒーが運ばれて来てそれを飲みながら、直倫の言っていた『話』というのが始まり、

「俺さ、あれから色々反省したんだよ。自分勝手だったなって……本当にごめん」
「直倫……」

 一度椅子から立ち上がった直倫は自分が悪かったと謝罪の言葉を口にしながら頭を下げたのだ。

 これにはびっくりしたし、どういう心境の変化なのかと思ったけど、彼なりに反省してくれたのならそれでいい。これ以上事を荒立てたく無いから許そうと思った。

「分かったから、とりあえず座って……」
「……ああ、分かった」

 周りの視線も気になった私が座るように促すと、素直に頷いた直倫は再び席に着いた。
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