その手で強く、抱きしめて
 来客をドアホンで確認すると、そこに映っていたのは直倫の姿。

「……え?」

 それ以外に言葉は出て来ない。

 だってそうでしょ? 昨日話し合った末、確かに別れたはず。

 解放されたはず。

 それなのに、何故直倫が私の部屋を訪ねてくるのか。

 まだ何か話があるのか、それとも……。

 私が応答しないので諦めるのかと思いきや、再び呼び鈴を鳴らしてくる直倫。

 映像を見続けていると、直倫がだんだん苛立っていくのが見て取れる。

 機嫌を損ねると面倒なのは分かっているけれど私の本能が危険だと告げていてその場から動く事が出来ない。

 だけど、このまま居留守を使ったとして、直倫が諦めて帰るのかも分からないし、粘られでもしたら逃げ場が無い。

 何かどうしても話さなきゃいけない事があるのかもしれない。

 そう判断した私は深呼吸を一つすると、急いで玄関へ向かいドアを開けた。

「何だよ、居るじゃん。何ですぐに出て来ねぇんだよ?」

 ドアを開けると案の定不機嫌そうな表情の直倫が苛立ちながらすぐに出て来ない事を問い掛けてくる。

「ご、ごめん……ちょっと、具合が悪くて寝てたから……」

 怖くて出れなかったとは言えないから、とりあえず誤魔化してみるとそれ以上その事については聞いてこなかったので小さく安堵する。

「それで、あの……何か用?」

 用があるならさっさと済ませて帰ってもらおうと尋ねてみると、耳を疑う言葉が返ってきた。

「は? 別に用なんてねぇけど?」という言葉が。

「え?」

 流石にその返しは予想外だったので思わず聞き返すと直倫は、

「昨日ようやく蟠りも解けたし、久々にお前の手料理でも食いたいなと思って来たんだ。腹減ってるからよ、急いで何か作ってくれよ。な?」

 悪びれた様子もなく、笑顔でそう口にしたのだ。
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