虐げられた人生に別れを告げた私は悪女の道を歩む

1-12 私の心強い味方

「ライザ、あまりにも理不尽だと思う事はこの先は我慢する事はありませんからね? お金の援助なら貴女の絵を買い取らせて貰う事で出来ますから」

帰り際、2人で乗って来た馬車の前でジュリアン公爵が私に告げる。

「はい。でも、本当によろしいのでしょうか?」

「ええ。それに先程も申し上げましたが、カサンドラ嬢の事で少し気になることが出来ましたので、その事も調べさせて頂きますね」

「カサンドラの件で……? あの、それは一体……?」

何が気になると言うのだろう? 

「申し訳ございません。それはまだ申し上げる事が出来ないのです」

「そうですか、気が急いてしまって申し訳ございませんでした」

「いいえ、それではまた来週同じ場所で待ち合わせをしませんか? 一緒に食事をしましょう」

「え?」

私は突然の申し出に思わず声が上ずってしまった。それを何か勘違いしたのか、ジュリアン侯爵の表情が曇った。

「あの……もしかするとご迷惑だったでしょうか?」

「い、いえ違いますっ!むしろその逆です。そ、その……嬉しくて……」

またあんな豪華な食事を取る事が出来るなんて、まるで夢のようだ。

「そうですか、そう言って頂けると私も嬉しいです。それではライザ、またお会いしましょう。その時までに貴女のイラストを何枚か譲っていただけると嬉しいです」

「はい! 私、頑張ってジュリアン様に満足して頂けるようなイラストを完成させます!」

「そうですか。それは楽しみにしていますね。それではまた来週お会いしましょうね。では失礼致します」

そしてジュリアン侯爵は私に金貨を1枚握らせ、小声で囁いてきた。

「これは前払いの分です。何かにお役立てください」

「え……? よろしいのですか?」

「ええ、勿論です。それではまた来週お会いしましょう」

「はい、ではまた来週……」

私はジュリアン侯爵の馬車が見えなくなるまで手を振った。嬉しくてすっかり舞い上がり、近くで私とジュリアン侯爵の話をカサンドラが盗み聞きしているなんてこの時の私は夢にも思わなかった。


****


――翌朝

 ダイニングルームに向かう廊下を歩いていると、カサンドラがいつもの2人のメイドを連れて前方から歩いてきた。
何てタイミングが悪いんだろう。出来ればカサンドラと食事の時間をずらしたかったのに。それにどうせ私とカサンドラでは食事の内容が違うのだ。同じ時間、同じ場所で私だけ使用人たちと同じ賄料理を食べるのも屈辱的だ。

そこで自分の部屋へ引き返そうと、背を向けた時――

「あーら。誰かと思えばライザじゃないの。食堂はそっちじゃないわよ。早くいらっしゃいよ」

意地悪そうな笑みを浮かべながらカサンドラが呼びかける。するとカサンドラ付きの2人のメイド達もクスクスとこちらを見て笑う。
いつもの私ならここで卑屈になって戻る処だが、ジュリアン侯爵の言葉が蘇ってきた。

「そうね。行くわ」

「それじゃ、行くわよ」

カサンドラの後に続いて、私もダイニングルームへと向かった。中に入ると既に父と母の姿があった。

「おはようございます。叔父様」

カサンドラはドレスの裾をつまむと父に挨拶をした。

「ああ、おはよう。カサンドラや、さあ待ってたよ。一緒に食事をしよう」

そんな2人の様子を忌々し気に見つめる母。私も母の気持ちが良く分かる。何せ父とカサンドラは完全に母の存在を無視しているのだから。勿論私自身も。

「おはようござます、お父様」

私も挨拶するが、父は一瞥しただけで返事も返さない。

「さあ、カサンドラ、座りなさい。今朝の朝食はお前の好きなメニューばかり揃えてあるのだよ?」

父は猫なで声でカサンドラに話しかける。

「はい、本当ですね……うわあ~どれも皆おいしそう……」

カサンドラはチラリと私の方を見る。父、母、カサンドラの前には出来立ての料理が湯気を立てて並べられているのに対し、私の前には冷めたトーストに生ぬるい野菜スープ、そして冷たいミルクだけが並べられている。


私はついに我慢できずに不満を口にした。

「お父様、私にも皆様と同じ食事を頂けませんか?」

すると父は眉間に皺を寄せると怒鳴りつけてきた。

「ライザッ! お前は自分の身の程もわきまえずに我らと同じ食事をしたいと言うのか!? そこの料理が食べたくないと言うのなら、今すぐこの部屋から出て行け!」

「ええ。分かりました。なら出ていきます」

私は席に座ることも無く、食堂を後にした。私にはジュリアン侯爵がくれた金貨がある。これを持って町へ行こう。

私はポケットの中の金貨を握りしめた――





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