虐げられた人生に別れを告げた私は悪女の道を歩む

2-3 メイドへの仕返し

「ラ……ライザ……お、お前と言う奴は一体何の真似をするっ!」

父は青筋を立てて怒るし、カサンドラは本気で泣いている。そして母は青ざめた顔で固まっている。

「何の真似を? ですから私が仮にドレスを破るなら徹底的に破く様を実践しただけですが?」

平然と言ってのけた。18年間虐げられてきたのだ。もういい加減我慢の限界である。

「出て行けっ! お前のような娘に食べさせる食事など無いっ!」

父は泣いているカサンドラの肩を抱き寄せながら私を指さして怒鳴り散らした。

「ええ、お望みとあらばこの部屋から出て行きます。御機嫌よう」

私は踵を返すと、ダイニングルームを後にした。お腹はすいているけれども言いたい事を言えて、気分はすっきりしていた……はずだったのだが……。


****


「あ……貴女達……何をしているの!?」

自室に戻ると、カサンドラ付きのメイド達が昨日私が描いた風景画の上に黒のインクで塗りつぶし、台無しにしていた。
しかし、2人のメイド達は私の言葉にもクスクス笑っているだけで返事をしない。

「聞こえなかったの? ここは私の部屋よ? しかも勝手に人の部屋を漁ってスケッチブックにいたずら書きをしているじゃないのっ!」

すると1人のメイドが鼻で笑う。

「あら? ここはライザ様のお部屋だったのですか? てっきり物置かと思ってしまいましたわ」

「ええ。まさか伯爵令嬢ともあろう方がこんなお部屋を与えられているはずありませんしね……。あ、このスケッチブックは偶然見つけたのですが、手元にあったインクをこぼしてしまったのです」

あまりのしらじらしさ怒りがこみ上げてくる。
2人のメイドによって滅茶苦茶にされた風景画のスケッチは私が3時間以上もの時間を費やして描いた作品だった。それなのに私が食堂へ行っていたほんのわずかな時間にこのメイド達は私の努力を無駄にしてくれたのだ。

「貴女達……メイドの分際で良くもこの私に……」

鋭い目つきで睨み付けるも、長年私を馬鹿にしてきたメイド達はこれくらいではびくともしない。

「あら?何 ですか? その眼付は?」

「全く。この屋敷のつまはじき者であるくせに」

この瞬間、私の中でブチッと何かが切れるような音が聞こえた……気がした。

「そう……貴女達がそんな態度を取ってくれるから……これで私も心置きなくやり返せるわ」

「え?」

「今。何て……?」

私はメイド達に無言で近づき、机の上に乗っていたインクを掴むと瓶の蓋を開ける。そして近くにいたメイドの頭にインクをドボドボとふりかけてあげた。

「キャアアアアッ!!」

真っ黒なインクを頭の上に垂らされて叫ぶメイド。
更に私は空になったインク瓶をもう一人のメイドの真っ白なエプロン目指して投げつけた。

「ウッ!!」

ガラスのインク瓶はメイドのお腹に辺り、瓶の底に残っていたインクがメイドの服や顔に飛び散った。

「いやあああっ!!」

溜まらず叫ぶもう1人のメイド。私は悲鳴を上げ続けるメイド達を一瞥する。

「まあ、2人共。随分いい格好になれたわね? とってもお似合いよ? あ、そうそう。このインク瓶に入っていたインクは油性だから早目に洗い落とさないと、なかなか色が消えてくれないわよ?」

すると、2人のメイドはキャアキャアと叫びながら部屋から一目散に逃げだして行った。

「全く……」

1人になった私は溜息をつくと、床にしみ込んだラグマットを引き剥がした。これだって自分で物置から探し出して部屋に運んできたものである。

「これでようやく静かになれたわ……」

昨日買い物をした残りのお金を確認すると、ポケットにいれた。何気なくテーブルの上に置かれたスケッチブックを見て……思わずため息をついた。渾身の力作である風景画はインクで真っ黒にされている。しかもその下の紙にもインクはしみ込み、結局5枚も紙を無駄にしてしまった。

「やれやれ。また絵を描きに行かなくてはならないわ」

駄目になってしまったスケッチブックのページを切り取ると、昨日同様布袋に画材道具を入れて、再び町へと足を向けた――
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