虐げられた人生に別れを告げた私は悪女の道を歩む

2-11 交渉

「さあ、叔父様にこの部屋を勝手に使っている事を言いつけられたく無ければさっさと宿題をやって頂戴!」

カサンドラは私を指さした。

「嫌よ、お断りだわ」

私はプイとそっぽを向いた。

「な、何ですって? 叔父様に言いつけられてもいいのかしら?」

カサンドラは私が断るとは思ってもいなかったのだろう。その声には焦りがあった。

「ええ、どうぞご自由に。私はもう父なんか怖くないわ。どうでも良い存在よ。だって私にはもう後ろ盾をして下さるお方がいるのだから」

そしてジュリアン侯爵の顔を思い浮かべる。もっともこれは口からの出まかせであるが、現に彼はこの邸宅に足を運んでいるのだ。愚かなカサンドラを信じ込ませるには十分だった。

「くっ……!」

カサンドラは悔しそうに唇を噛んで震えている。そんなカサンドラを横目で見ながら思った。
事情はどうあれカサンドラには多少同情するべき点はある。頭脳が足りないのに分不相応な学校に入れられ、授業に付いて行く事が出来ない。
家庭教師を付けて貰っているにも関わらず、相変わらず成績は振るわない。と言うか、下降の一途をたどっている。
恐らくカサンドラはクラスメイト達に相手にされていないだろう。頭の良い彼女達がカサンドラを相手にするとは到底思えない。
それにカサンドラは出された宿題すら出来ず、第三者の人間が彼女の代わりに宿題を解いている事等は恐らく学校でも知れ渡っているだろう。

 父が何故カサンドラをあの学校に入れたのかは本当に謎である。だが必要以上に辛く当たってくるのは、私の頭が良すぎて2人は嫉妬しているからだろう。

「ねえ、どうしても私に宿題を解いて貰いたいと思っている?」

しかし、カサンドラは俯いたまま返事をしない。

「ねえ、聞こえているのかしら? 返事もしないなら私に用事がないってみなすわよ。だったら出て行って頂戴」

背後に仕えている2人のメイドは顔色が青ざめている。彼女達も私がこのような反撃に出るとは予想もしていなかったのであろう

「……ってよ」

カサンドラが小声で何かを言った。

「え? 何て言ったの? 聞こえないわ?」

「やってよ……」

「やる? 何を?」

私は腕組みをすると尋ねた。するとついに我慢の限界が来たのか、カサンドラが大きな声を張り上げた。

「だから、私の代わりに宿題をやって頂戴っ!」

「そうねえ……」

私はわざともったい付ける。

「やってあげてもいいけど……タダじゃ嫌だわ」

「え……? 何ですって?」

カサンドラの顔がゆがんだ。

「だから、タダじゃ宿題をやらないって言ってるのよ」

「く……こ、このっ! ライザのくせに生意気なっ!」

カサンドラが手を上げようとした。

「言っておくけど! 私に手をあげようものなら金輪際、一切貴女の宿題の面倒は見ないからね!」

「!」

カサンドラは肩をビクリと大きく震わせると、振り上げたを手を降ろし……悔しそうに下唇をかむ。

「何が望みなのよ……」

「そんな事決まってるでしょう? お金よ。お金を頂戴」

「何ですって……お金ですって……?」

「ええ、そうよ。取りあえず金貨1枚で手をうつわ。どう? 貴女に取っては金貨1枚なんてはした金でしょう?」

「……」

カサンドラは返事をせずに、憎悪にまみれた目で私を睨み付けている。だが宿題1回で金貨1枚を提示しても動じない所を見ると、カサンドラは父から相当お金を貰っている事になる。

「分かったわ……後で必ず払うから……やって頂戴」

カサンドラの言葉に私は顔を上げた。ひょっとすると宿題をさせるだけさせて金貨を払わないつもりなのかもしれない。

「冗談を言わない頂戴。先に金貨を払わないなら、宿題をやってあげないわ。あまり私を馬鹿にしない事ね。出て言って頂戴」

冷たく言い放つと、カサンドラは私を睨み付け……ついに観念したのだろうか。

「今、金貨を取って来るわ」

そして踵を返し、部屋から出て行く。その後を2人のメイドが慌てた様子で追いかけて行った――



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