虐げられた人生に別れを告げた私は悪女の道を歩む

3-4 父の陰謀


 青ざめた顔で正面に座るジュリアン侯爵を見つめた。するとジュリアン侯爵は閉じた唇の前で人差し指を立て、静かにするようにジェスチャーをおくる。そこで黙って頷くと、観葉植物の隙間から父達の様子を伺った。

「おい! 本当にお前達はいつまでこの私に付きまとうつもりなのだ? あれから12年になるんだぞ? もういい加減、解放してくれっ! 頼むっ!」

私は信じられない思いで父の姿を見ていた。
あの傲慢知己の父が、いかにもチンピラ風なやさぐれた中年男性に頭を下げて懇願しているのだ。こんな父の姿を目にするのは初めてだ。

「おいおい……今更そんな事を言うのかい? もうすぐ自分の望みを叶えられるって言う時に俺達を切るつもりなのかい?」

頬に傷のある男が話している。

「この事をお前の家族が知ったらどう思う? 貴族社会に知られたらお前はもう身の破滅だ。今迄の長年立ててきた計画も全て水の泡だろう?」

長い髪を後ろで一つにまとめた男が父に詰め寄っている。

「だ、だが……お前達は散々私に張り付き、今迄甘い汁を吸って来ただろう? こっちはそのせいでどれだけお前達に搾り取られて来たと思う? もう、我が家は破産寸前なのだ……っ!」

父は頭を両手で押さえた。
そこへ数名のウェイターが現れ、大量の料理が運びこまれてきた。
その為、話は中断される。

再びウェイターが去ると頬に傷のある男が再び話始めた。

「嘘をつくんじゃない。俺達が何も知らないとでも思っているのかい?」

「な……何の事だ……?」

父の声が怯えたように震えている。

「お前、もうすぐ自分の娘を売りつける気だろう? 金貨3000枚でな。確か相手はエンブロイ侯爵だったか?」

「! な、何故その事を……!?」

その名前を聞いて私は戦慄を覚えた。

エンブロイ侯爵……。この地方では有名な侯爵だ。
莫大な資産を保有し、本妻を含め、7人の妾がいると言われている。年齢は60歳で奴隷商人とも通じ、資産を増やし続けているらしい。
ま、まさか……娘を売りつけようとしているとは……でも、どちらの娘を父は売るつもりなのだ?
すると髪の長い男が尋ねてきた。

「で? どちらの娘を売りつけるんだ?」

「馬鹿か、お前は。そんなのは聞くまでも無いだろう? なあ、伯爵様よ」

「当然だ。何の為にお前達に頼んだと思う? エンブロイ侯爵に渡す娘は実の娘に決まっているだろう。全て手はずは整っている。来月にはエンブロイ侯爵が支度金を持って我が屋敷を訪れる事になっている。娘は器量よしでは無いが、頭は良いからな。きっとエンブロイ侯爵は気に入って下さると思う。その為に今迄あの娘を屋敷に置いてやったのだから」

「!!」

父のあまりの非道な言葉に戦慄を覚えた。何故、父が12年前から彼等に脅迫され続けてきたのかは知らない。最初から私はエンブロイ侯爵の妾として生かされつづけてきたのだろうか? 私に満足な教育も食事も衣類も与えなかったのは、所詮妾に差しだす娘だから一切不要だと思っていたからなのだろうか…?

あまりの衝撃な事実に眩暈がしてきた。すると突然右手をギュッと握りしめられた。驚いて顔を上げるといつの間にかジュリアン侯爵が私の側に椅子を寄せていたのである。そして私に小声で囁いた。

「大丈夫です。私が貴女を助ましょう」

と――
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