虐げられた人生に別れを告げた私は悪女の道を歩む
3-5 不吉な予感
「ここの支払いは済ませておく。私は帰らせてもらうからな!」
父は乱暴に立ち上がり、彼等をじろりと睨み付けている。
「何だよ、俺達と食事していかないのかよ?」
髪の長い男が尋ねてきた。
「ああ、来月は……大切な日だからな」
父はうっとりとした顔つきをする。その顔を見た時、何故か分からないが私は言いようのない恐怖を覚えた。
来月に一体何があると言うのだろう? 私をエンブロイ侯爵に売りつける事を言っているのだろうか? それとも、もっと他に……?
向かい側に座るジュリアン侯爵を見ると、彼は驚くほど真剣に隣の席の様子を伺っている。
ジュリアン侯爵……? 何故そんなに真剣な表情で父達の話を聞いているのだろう?
父の言葉に、傷のある男が肩を竦める。
「全く……あんたは俺達の事を狂犬とか狂人と言うが、俺らから言わせれば、あんたの方が余程イカレていると思うぜ?」
「煩いっ! お前らに私の気持ちなど分かるはずもあるまいっ!」
父は立ち上がるとさっさと出て行ってしまった。するとジュリアン侯爵が小声で話しかけてきた。
「私達も行きましょう」
「え……? ですが、隣の席の人達に私達の姿を見られてしまうのでは……?」
今、彼等に私達の気配がバレればとんでもない事になりそうな気がする。
「いえ、大丈夫です。この壁には隠し扉があるのです。そこを抜ければ彼等に見つかる必要もありませんよ?」
そしてジュリアン侯爵はニコリと笑った。
****
「ここまで出れば大丈夫ですね」
町の中心部の時計台広場のベンチまで来るとジュリアン侯爵が笑顔を見せた。
「でもジュリアン様。何故あの場を後にしたのですか? 彼らの話を聞かなくても良かったのですか?」
「ええ。いいんです。これ以上彼等の話を聞いても何の実りも無いのは分かっていますから」
「え……? それでは目的は父の話だったのですか? 面白いショーと言うのは?」
するとジュリアン侯爵が美しい眉を潜める。
「ライザ、騙すような言い方をしてすみませんでした。私は何故ライザが両親から理不尽な目に遭わされているのか知りたかったのです。そしてカサンドラの事も……」
「カサンドラ? カサンドラがどうかしたのですか?」
「ええ。彼女は実の娘でないにも関わらず、何故貴女の御父上に溺愛されているのか不思議でならなかったからです。そこで、ある興味深い事実が浮かび上がりました」
「興味深い事実? それは一体……?」
「それをまだお話しする訳にはいかないのですが、時間がありません。急がなければ……」
「え? 時間が無い? 急ぐ? 一体何の事なのですか?」
「ライザ、お忘れですか? 貴方の父はエンブロイ侯爵に貴女を金貨3000枚で売りつけようとしているのですよ?」
「え、ええ……確かにそうですが。でも私なんかの為にエンブロイ侯爵が金貨3000枚も払うでしょうか?」
私みたいな地味な顔に貧相な身体をした女に3000枚もの金貨を払う人物がいるとは思えない。
すると侯爵は何を思ったのか、私の両肩に手を置いた。
「何を仰るのですか? 貴女はご自分の価値をまるで分かっておられないようですね。全く貴女の父といい、エンブロイ侯爵といい、ライザを侮辱しているとしか思えない。私だったら例え金貨7000枚でも貴女の為に支払うのは惜しくありませんよ?」
「え? え? な、何を仰るのですかジュリアン様。ご、御冗談を……」
思わず真っ赤になって私はジュリアン侯爵を押しのけた。
「いいえ。冗談などではありません。でももうあまり猶予がありません。1週間後、お宅に伺わせて頂きますね」
そしてジュリアン侯爵は微笑んだ――
父は乱暴に立ち上がり、彼等をじろりと睨み付けている。
「何だよ、俺達と食事していかないのかよ?」
髪の長い男が尋ねてきた。
「ああ、来月は……大切な日だからな」
父はうっとりとした顔つきをする。その顔を見た時、何故か分からないが私は言いようのない恐怖を覚えた。
来月に一体何があると言うのだろう? 私をエンブロイ侯爵に売りつける事を言っているのだろうか? それとも、もっと他に……?
向かい側に座るジュリアン侯爵を見ると、彼は驚くほど真剣に隣の席の様子を伺っている。
ジュリアン侯爵……? 何故そんなに真剣な表情で父達の話を聞いているのだろう?
父の言葉に、傷のある男が肩を竦める。
「全く……あんたは俺達の事を狂犬とか狂人と言うが、俺らから言わせれば、あんたの方が余程イカレていると思うぜ?」
「煩いっ! お前らに私の気持ちなど分かるはずもあるまいっ!」
父は立ち上がるとさっさと出て行ってしまった。するとジュリアン侯爵が小声で話しかけてきた。
「私達も行きましょう」
「え……? ですが、隣の席の人達に私達の姿を見られてしまうのでは……?」
今、彼等に私達の気配がバレればとんでもない事になりそうな気がする。
「いえ、大丈夫です。この壁には隠し扉があるのです。そこを抜ければ彼等に見つかる必要もありませんよ?」
そしてジュリアン侯爵はニコリと笑った。
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「ここまで出れば大丈夫ですね」
町の中心部の時計台広場のベンチまで来るとジュリアン侯爵が笑顔を見せた。
「でもジュリアン様。何故あの場を後にしたのですか? 彼らの話を聞かなくても良かったのですか?」
「ええ。いいんです。これ以上彼等の話を聞いても何の実りも無いのは分かっていますから」
「え……? それでは目的は父の話だったのですか? 面白いショーと言うのは?」
するとジュリアン侯爵が美しい眉を潜める。
「ライザ、騙すような言い方をしてすみませんでした。私は何故ライザが両親から理不尽な目に遭わされているのか知りたかったのです。そしてカサンドラの事も……」
「カサンドラ? カサンドラがどうかしたのですか?」
「ええ。彼女は実の娘でないにも関わらず、何故貴女の御父上に溺愛されているのか不思議でならなかったからです。そこで、ある興味深い事実が浮かび上がりました」
「興味深い事実? それは一体……?」
「それをまだお話しする訳にはいかないのですが、時間がありません。急がなければ……」
「え? 時間が無い? 急ぐ? 一体何の事なのですか?」
「ライザ、お忘れですか? 貴方の父はエンブロイ侯爵に貴女を金貨3000枚で売りつけようとしているのですよ?」
「え、ええ……確かにそうですが。でも私なんかの為にエンブロイ侯爵が金貨3000枚も払うでしょうか?」
私みたいな地味な顔に貧相な身体をした女に3000枚もの金貨を払う人物がいるとは思えない。
すると侯爵は何を思ったのか、私の両肩に手を置いた。
「何を仰るのですか? 貴女はご自分の価値をまるで分かっておられないようですね。全く貴女の父といい、エンブロイ侯爵といい、ライザを侮辱しているとしか思えない。私だったら例え金貨7000枚でも貴女の為に支払うのは惜しくありませんよ?」
「え? え? な、何を仰るのですかジュリアン様。ご、御冗談を……」
思わず真っ赤になって私はジュリアン侯爵を押しのけた。
「いいえ。冗談などではありません。でももうあまり猶予がありません。1週間後、お宅に伺わせて頂きますね」
そしてジュリアン侯爵は微笑んだ――