虐げられた人生に別れを告げた私は悪女の道を歩む

3-6 ジュリアン侯爵と父

 ジュリアン侯爵の馬車に乗せてもらい、邸宅に到着すると既に父が帰宅していたのか、真っ青な顔で駆けつけてきた。その時私はジュリアン侯爵にエスコートして貰って馬車を降りている最中だったのだが……。

「ラ、ライザッ! 嫁入り前の娘が男の馬車に乗って帰って来るとは……っ!!」

父はジュリアン侯爵に挨拶をする前に私を見て怒鳴りつけてきた。全く……侯爵を前にこのような非常識な態度を取れるのは父以外に恐らくいないだろう。

「これは大変失礼致しました。申し遅れましたが、私はお嬢様と懇意にさせて頂いておりますジュリアン・レスターと申します。どうぞよろしくお願い致します」

ジュリアン侯爵は父に深々と頭を下げた。

「フンッ! 全くこの若造が……ん……?」

父はジュリアン侯爵をじっと見つめ、次に馬車に刻まれた紋章に視線を移すと顔色を変えた。

「ま、まさか……貴方様はレスター侯爵様……ですか?」

「ええ、そうです。良かった。私の事を御存じだったのですね。始めまして。モンタナ伯爵」

「私の事を御存じの様ですね……」

父はひきつった笑みを浮かべる。

「ええ。モンタナ伯爵のお噂は兼ねてより色々耳にしておりますので」

すごい……あの父をジュリアン侯爵はやり込めている。私は父が追い詰められている様を気分よく見ていた。

いい気味だわ……もっと焦る顔を見せて頂戴よ……。

つい口元に笑みが浮かんだが、運悪くその顔を父に見られてしまった。

「ライザッ! お、お前は今私を馬鹿にしたなっ!? 口元に笑みなど浮かべおって……この生意気なっ!」

父が手を振り上げようとした瞬間。

ガッ!!

ジュリアン侯爵が父の腕をねじり上げていたのだ。父は背の高いジュリアン侯爵にいとも簡単に腕をねじり上げられ、苦しそうに呻いた。

「いけませんねえ。女性に手を挙げるなど。やはり貴方は噂通りのお方だ」

「う、噂……?い、一体どんな噂があると言うのですか?」

父は苦し気にジュリアン侯爵を見つめた。

「ええ。貴方がたった一人しかいない自分の娘を日々虐待を続けてきたと言う噂ですよ」

「!」

父はビクリとなった。私はその話を聞いて驚いた。まさか私に対する虐待の噂話が出ているなんて……。

「とにかく、これ以上この方に手を挙げようものなら容赦はしませんよ?」

「わ、分かりました……っ! だから……う、腕を離して下さいっ!」

余程ねじり上げられた腕が痛いのだろう。父の言葉の最後の方は殆ど悲鳴交じりになっていた。

「分ればよろしいのです」

ジュリアン侯爵はニッコリ微笑むと父の腕を離した。

「う……」

父は恨みを込めた目でチラリと私を見る。

「ところでモンタナ伯爵。私はライザ嬢と親しくしておりますので、又こちらに伺う事をお許し頂けますよね?」

「し、しかし娘はまだ嫁入り前ですし、妙な噂が二人の間で立てられては……」

そしてさらに強い視線で私を見ると続けた。

「大体、ライザッ! お前のような娘がうかつに近づいてよい相手ではないのだぞ! この恥知らずめっ!」

父はジュリアン侯爵にたしなめられた直後にも関わらず私を叱責し、再び手を振り上げた。

「どうやら貴方は中々言葉を理解する事が苦手なようですね?貴方は信頼に置けないお方だ。この屋敷に彼女を置いて行くのは心配でなりません。私の屋敷で丁重にお預かり致します」

すると父の態度が豹変した。先程までは私に対して傲慢な態度を取っていたのに、今は必死でジュリアン侯爵に頭を下げている。

「申し訳ございません! 本当に、金輪際二度と娘に手を挙げません!で すからどうか娘を連れて行く事だけは勘弁してください!」

父は余程私を傷物が無い状態でエンブロイ侯爵に引き渡したいのだろう。

「分りました。では貴方を信じてライザ嬢をこちらに残しましょう」

そしてジュリアン侯爵は私を見つめた。

「それではライザ、またお会いしましょう」

「はい」

ジュリアン侯爵はフッと笑みを浮かべると馬車に乗りこみ、走り去って行った――
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