虐げられた人生に別れを告げた私は悪女の道を歩む

3-7 私と父

 ジュリアン侯爵の馬車が去ると父が話しかけてきた。

「ライザ。さあ、部屋に入ろう。お前の為にメイドに紅茶とケーキを用意させるから」

私は又叱責が飛ぶだろうと覚悟をしていたが、父はその様な事はしなかった。
笑顔を向けてくるが、私は父の目論見をもう知っている。あのレストランでの父のおぞましい姿を目の当たりにした今は、その作り笑いが不気味で仕方が無い。
これ以上、側にはいたくなかった。

「いいえ、結構です。喉も渇いておりませんし、お腹もすいておりませんから」

「いや、そんなはずは無いだろう? 思えばお前にはあまり栄養のある食事を与えてこなかったからね。でも何故お前に粗末な食事を与えていたと思う」

「さあ、それは私の事が嫌いだからではありませんか?」

私は父に背を向けると屋敷へ向かって歩き出した。そこを追うように父はついて来る。

「いいや、そんな訳あるものか。何しろお前は私の血を分けた、たった1人きりの娘だからな。私はお前を守るために、あえてあのような粗末な食事を与えてきたのだよ?」

猫なで声の父の声は聞いてるだけで不愉快だ。今も私の腕には鳥肌が立っている。

「私の為ですか? では何故そのようにしたのか理由をお聞かせ願えませんか?」

私は足を止めると父の方を振り向いた。

「ああ、いいとも。当然お前には理由を知る権利があるからな? いか、ライザ。お前はなあ、生まれた時から酷いアレルギー体質だったのだよ」

「アレルギー体質ですか?」

呆れた。何ていい加減のでっち上げ話なのだろう。アレルギー体質……その様な理由がまかり通るとでも思っているのだろうか? この愚かな父は。

「ああ。兎に角お前は離乳食が始まった途端、ほとんどすべての食べ物を受け付けなかったのだ。そしてようやくお前でも食べられる食事が見つかった……」

父は傍目でもはっきり分かるくらいに焦りながら話をしている。それならここで少しその話に乗ってやろう。

「それでは、今迄出されていたあの食事が唯一私が食べる事が出来た食材だったと言う事ですか?」

すると父は嬉しそうに頷く。

「ああ、ああ。そうなんだよ」

「それはおかしな話ですねえ……。もし私がお父様の言う通り、アレルギー体質だとしたなら、そのような娘にケーキをすすめるのですか? アレルギー体質なのに?」

「ウグッ!」

父は苦虫をかみつぶしたかのような顔つきになった。私はそんな父をおもいきりも侮辱した目で見る。

「言っておきますが、私にはアレルギーはありません。貴方によって満足な食事を与えて貰えなかったので町でパンを買って食べた事もあります。ジュリアン侯爵にお肉料理専門店のレストランやシーフード料理専門のレストランに連れて行って貰った事もありますが、何処でも美味しくいただく事が出来ました。いい加減な事を言うのはおやめ頂けますか?」


「な、何っ!? ライザッ! お前という娘は嫁入り前だと言うのに男と2人で食事などしていたのか!?」

え? そこ? 父は私がアレルギー体質では無いと言う事を知っている事実よりも侯爵と2人で食事をしてきた事の方が気がかりだと言うのだろうか?

「この、あばずれ女めっ!」

父が手を上げそうになったので私は声を荒げた。

「私があばずれですって? たかが男性と2人で食事をしてきただけで? それではカサンドラはどうなのです? カサンドラはこの屋敷の様々な男性従業員達と恋仲になって来たと言うのに?」

すると途端に父の顔色が変わった。

「何いっ!? その話は本当なのか!?」

「え?」

私は耳を疑った。
もしかしてその事に気付いていなかったのか? この屋敷に住む誰もが知っている話だと思っていたのに……。
父は怒りのためか、ブルブル震えていたが……。

「カサンドラッ!!」

屋敷へ駆け込んでいった。
恐らくカサンドラの元へ向かったのだろう。今回カサンドラの秘密が暴露されてしまったけれども私には関係のない話だ。元々はカサンドラがそのような愚かな真似をしなければすんだのだから。


その後――


屋敷の中で大きな動きがあった。
父はその後の数日間で若い従業員達は全員クビにし、その後は40代以上の男性ばかり雇用したのだった――
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