虐げられた人生に別れを告げた私は悪女の道を歩む

3-13 醜い言い争い

 その契約書は内容がとんでもなく酷いものだった。
モンタナ伯爵家の娘をエンブロイ侯爵の元へメイド兼愛人として向かえいれるというものであった。給金は出ず、衣服に食事は全て配給制。休みは無く、外出する事も許されない。そしてエンブロイ侯爵から伽の相手を求められれば拒否は許されず、いつでも相手に応じるという、吐き気がするほどの内容であった。

私は全ての内容に目を通すと、父を見た。

「何ですか? この酷い契約書は。これではまるで愛人どころか、奴隷に関する契約書ですね?」

「ええ……。こんな非人道的な内容は初めてです。そう言えばエンブロイ侯爵は奴隷売買に携わっているという黒い噂もありますしね。しかも彼は高利貸業も行っている。……さては彼から借金でもされましたか?」

それを聞いた父はビクリとなった。

「ま、まあ! あ、あなた……ひょっとして本当に借金をされたのですか!?」

母は驚いて父を見た。
しかし父は答えない。……が、身体は小刻みに震えている。

「何故ですか!? 私たちはそれ程贅沢な暮らしはしておりませんでしたよねっ!? 普通の伯爵家に比べると随分質素でみじめな暮らしをして耐えてきたはずですっ! なのに何故借金をしたのです!?」

一体、母は何を言っているのだろう? 質素でみじめな暮らしをして耐えてきた? それをこの私の目の前で言えるのか? 私から言わせると、父も母もカサンドラも贅沢な暮らしをしてきたとしか思えない。出来立ての食べきれない程のテーブルに並べられた料理。
なのに私に出されるのは、野菜の切れ端しか入っていないようなクズスープにカチカチに固まった固いパンのみ。しかも私に同じ料理を食べさせる気がないなら、時間をずらすか、別室で食べさせてくれれば良いのに、それすら許されずに3人の豪華な食事を前に飢え死にしないためだけに食べているだけの酷い料理。

ドレスも買ってもらえず、学校にも行かせてもらえなかったこの私の前でそんなセリフを言うなんて。

「……ハッ! アッハハハッ!」

おかしくて笑いが出てしまう。

「な、何ですライザ。何がおかしいのです!?」

母は私を恐怖の混じった目で見る。
 
「ええ、おかしくて仕方がありませんわ。質素でみじめな暮らし? それではお母様のお部屋にあったあのドレスは? 私の見たところ、どれも新品同様で一度も袖を通した形跡もありませんでしたよ? それに私には低能な家庭教師を付けましたが、彼らはろくな学問を教えることも出来ませんでした。お母様、貴女はご自分の愛人をこの屋敷に入れる為に私を使って家庭教師として連れてきたのですよね!?」

もう我慢の限界だった。母の秘密を全てぶちまけてやった。

「ライザ…ッ!! お、お前という娘はっ! 口止め料として私から金貨100枚奪っておいて……この裏切り者っ!」

「何だと? お前という女はいい年をして愛人を囲っておったのか!?  しかも金貨100枚を持っていた? どうりで金庫の中から時々金が減っているとは思っていたが、犯人はお前だったのか!?」

父は眉間に青筋を立てて母を怒鳴りつけた。

「何がいけないんですの!? 貴方は結婚してから一度も私を顧みる事がなく、やっとライザを身ごもった時だって私が泣いて頼んだからではないですかっ! あの時の屈辱は今も忘れることはありません。しかも貴方の眼中にあるのはカサンドラの事ばかり。私だって誰かに愛されたいですっ! 愛人の一人や二人、持っていてもいいでしょうっ!?」

母は涙をボロボロこぼしながらヒステリックに叫ぶ。

「何だと……お前、一体何人の愛人を囲っていたのだ! いい年をして……恥を知れっ! 恥をっ!」

母と父の言い争いはどんどん本題をずれていく。全く、なんと醜い言い争いなのだろう。そんな醜い言い争いを何を考えているのかジュリアン侯爵は黙って見つめていたが……やがて手をパンッと叩いた。

その音に我に返る父と母。

「お2人とも、落ち着かれましたか?」

ジュリアン侯爵は笑みを浮かべて両親を見る。

「「……」

バツが悪いのか両親は黙って頷く。

「私はライザを連れて、これから役所に行ってきます。もうこれ以上私のライザをこのような醜い屋敷に置いておくわけにはいきませんからね。役所へ行って戸籍を抜いてきます。そうすれば、このモンタナ家にはもう娘はカサンドラのみという事になりますよね?」

そしてジュリアン侯爵は美しい笑みを浮かべた――


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