虐げられた人生に別れを告げた私は悪女の道を歩む

4-8 待ち遠しい夜

 今夜は夜7時からモンタナ家で盛大なカサンドラの誕生パーティーが開催される日だ。
カサンドラは大丈夫なのだろうか? あの日、私がカサンドラ付きのメイドに呼ばれてモンタナ家へ戻った時、カサンドラは離れの家に閉じ込められたうえに足かせをはめられ、逃げられないように足かせから伸びたチェーンを支柱にくくり付けられていた。
あんな情緒不安定なカサンドラを果たして近隣一帯の貴族たちの集まる誕生パーティで人々の前に姿を現すことが出来るのだろうか……?

「どうしたんだい? ライザ」

ジュリアン侯爵に声を掛けられ、我に返った。今は2人で朝食を取っている時間なのだ。

「い、いえ。少し考えごとをしておりました。申し訳ございません。せっかくのジュリアン様との朝食の時間に考えごとをしてしまって……」

「いや、気にしなくてもいいよ。今ライザの頭の中を占めているのは今夜開催されるカサンドラの誕生パーティーについての事だろう?」

「はい、そうです。カサンドラは完全に正気を失っており。あんな状態で貴族の方々の前へ出ても大丈夫なのだろうかと少し、心配になってしまって」
 
「そうか……。それならどうするライザ。今ならまだ間に合うからもう一度聞くよ? 今夜のカサンドラの誕生パーティをぶち壊すかい? それともこのまま開催させるかい? ただし、ぶち壊してしまえばカサンドラの不幸は減るし、母君の不幸も減る。しかし誕生パーティーをそのまま開催させればカサンドラとモンタナ伯爵夫妻の苦しみは増える。……さあ、どうする?」

ぶち壊す…‥およそ上品なジュリアン侯爵様らしくも無い言葉使いを聞きながら思った。昨日知った衝撃的な事実。私はつい最近まで戸籍に名前を入れてもらえていなかった。そして皮肉な事に私を戸籍に入れるきっかけとなったエンブロイ侯爵への私の身売り。結局私は父からも母からも娘とは認められていなかったのだ。そのことは18年間虐げらて来た生活が全てを物語っている。我々はお前を娘と認めないと言われていも同然の仕打を今迄ずっと受けてきたのだ。しかも養女として引き取られてきたカサンドラにさえ。

「ジュリアン様」

私はフォークを片手に尋ねた。

「何だい? ライザ」

ジュリアン侯爵は頬杖をついて、私をじっと見つめている。

「ジュリアン様は先程おっしゃいましたよね? カサンドラの誕生パーティーを開催させれば父も、母も、そしてカサンドラの苦しみも増えると」

「言ったよ?」

笑みを浮かべながら私を見つめるジュリアン侯爵。それなら私の考えは決まっている。

ザクッ!

私はハムステーキにフォークを突き立てた。

「もちろん、誕生パーティーは開催させてあげたいと思います。おそらく準備をするのに相当手間暇をかけてきたと思いますから。それをぶち壊してはあまりにも気の毒ですので」

そしてハムステーキを口に入れて飲み込んだ。うん、とても熟成された完璧な味だ。

「君なら必ずそう言ってくれると思っていたよ。食事が終わったら、衣裳部屋へ行こう。君の為にいろいろな種類のドレスを用意してあるんだよ? そして美しく着飾ったライザをモンタナ家に見てもらおうじゃないか? 今の君は以前の君に比べて、本当に格段に美しくなったよ?」

「ありがとうございます、ジュリアン様」

「いいんだよ、ライザ。それよりも今夜は最高の夜になるだろう。今からとても楽しみだよ」

ジュリアン侯爵は朝日の下で爽やかに笑う。

「はい、私もとても楽しみです」


ああ、待ち遠しい。

早く夜にならないだろうか――


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