虐げられた人生に別れを告げた私は悪女の道を歩む

エピローグ 悪女の終わり

 私の元・父であるモンタナ伯爵は結婚式を挙げた翌日、身柄を拘束され…異例の速さで裁判が行われ、罪が確定した。

終身刑――
それがジュリアン侯爵が下した判決だった。


そしてそれから半年の歳月が流れた――


****


「カサンドラ、ほら。リンゴの皮をむいたからお食べなさい」

私は病院のベッドの上でぼんやりと窓の外を眺めているカサンドラにフォークを刺したリンゴを差し出す。

「……」

しかしカサンドラは無反応だ。

「ほら、カサンドラ。リンゴ……好きでしょう?」

口元までリンゴを持っていくと、ようやくカサンドラは口を開けた。

シャクシャクシャク……。

カサンドラはリンゴを咀嚼したが、相変わらず目の焦点は合わないし、まるで人形のようだ。


――あの日

警察が屋敷に踏み込んだ時、まさに父はカサンドラと情事の真っ最中だったそうだ。驚いたことに、数々の男性を誘惑してきたカサンドラはまだ生娘だったのだ。ベッドの上にいたカサンドラは父によって強引に純潔を散らされ、何度も何度も犯され……すでに発狂していた。
心が壊れてしまっていたのだ。

本人不在のままカサンドラの裁判が行われ、責任能力がないと言う事でカサンドラは罪に問われなかったが、今は精神病院に入院中だ。

私はカサンドラに声をかけた。

「カサンドラ……大分お腹が目立ってきたわね。だってもう半年になるんですもの。お医者様も順調に育っていると言ってたわ」

大分膨れてきたカサンドラのお腹に触れると、途端にカサンドラの目に脅えが走り、叫び出した。

「イヤアアアアアアッ!!」

髪を振り乱し、激しく泣き叫ぶカサンドラの背中をさすりながら私は耳元でささやく。

「駄目よ、カサンドラ。そんなんじゃお腹の子に障るわ。……子供には何の罪も無いんだから。大丈夫、貴女とお父様の子供は私がちゃーんと育ててあげるから」

途端にカサンドラはニッコリ笑みを浮かべて、私に抱き付いてくる。

「そうよ、貴女はなんにも心配しなくていいのよ……。私がこの子のお母さんになってあげるから……」

私はカサンドラの髪をなでながら笑みを浮かべた――



****

 今、私はジュリアン侯爵の元で勉強させて貰っている。私もジュリアン侯爵の様に判事を目指すことにしたのだ。勉強は大変だけど、やりがいがある。


――コンコン

部屋のドアがノックされた。

「私だよ、ライザ。入ってもいいかい?」

ジュリアン侯爵の声だ。

「はい、どうぞ。お入り下さい」

するとジュリアン侯爵はドアを開けて中へ入ってきた。

「ライザ、勉強は進んでいるかい?」

「はい、おかげさまでばっちりです」

ジュリアン侯爵は私の向かい側の席に座ると、見つめてきた。

「ライザ……。本当にこの屋敷を出ていくのかい?」

「ええ、そうですね。いつまでもお世話になっているわけにはいきませんから。幸いモンタナ家の爵位を高額で買い取ってくれた方も見つかりました。お金が手に入ったら、ここを出ます」

その話をするとジュリアン侯爵は立ち上がり、私の右手に触れた。

「ライザ、前にも話した通り……私はこの家の養子だったんだよ。カサンドラの両親の乗った馬車の御者をしていたんだ。2人の事故に巻き込まれて父は死んでしまったけど、私は幸いにもこの侯爵家に引きとられたんだ。だからライザ。君も何も遠慮することは無いんだよ」

「いえ、お気遣いいただかなくても大丈夫です。こう見えても大分貯金があるんですよ?」

「もうはっきり言わないと分からないかな? ライザ、正直に言おう。私は……実は初めて君を見た時から一目ぼれをしてしまったんだ。写生をしていた時のその佇まい……知性的な瞳……そのどれもが私の心をつかんで離さなかった。ライザ、私は貴女を心の底から愛している。どうか私と結婚して下さい」

そしてジュリアン侯爵は私の手の甲にキスを落とした。

「ジュリアン様……私は見た目も地味で気の利いた女性らしい話も出来ないのに? それでもいいのですか?」

震える声でジュリアン侯爵に尋ねると、彼は首を振った。

「ライザ……私はね、何よりも頭の良い女性が好きなんだ。君ほど理性的で頭の良い女性は今まで出会ったことが無いよ」

ジュリアン侯爵は私を抱き寄せながら耳元で囁く。

「大丈夫、全てはいうまくいく。だって私たちは最高のパートナーじゃないか。そのことはすでに立証済みだろう? モンタナ家事件で……」

「ええ。確かにそうですね。ジュリアン様」


そして私たちは口づけを交わした。

お父様、お母様、そしてカサンドラ。

あなたがたに虐げられて生きてきた私は、これからは世界一幸せな妻になります。

悪女を演じるのは……今日でもう終わりにします――


<終>
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