虐げられた人生に別れを告げた私は悪女の道を歩む
1-7 紳士の正体
彼が連れて来てくれたレストランは肉料理をメインにした専門店だった。
店内のあちこちでは昼間から分厚いステーキに赤ワインを飲む人々で溢れている。
いつも冷めた料理や、中には食事にありつけない日々を過ごしてきた私にはとうてい考えられない世界であった。
彼は常連客なのだろうか?
私達が店に現れると、すぐに責任者と思われる男性が現れて店内の奥にある別室へと案内してくれた。
「こちらでお待ちください」
そう言われて通された部屋は革張りのソファに大理石で出来たテーブルの豪華なダイニングセットが置かれていた。床は赤い重厚なカーペットが敷かれ、木目調の壁の四隅には立派な花瓶に美しい花々が飾られている。さらに大きな絵画が何枚も飾られている。
「……」
何と場違いな場に連れて来られてしまったのだろう。部屋の中を見渡していると紳士に声を掛けられた。
「レディ、いつまでそうやって立っているおつもりですか? そろそろおかけになって一緒にメニューを選びませんか?」
「す、すみません! つい立派なレストランに驚いてしまたものですから……」
思わず真っ赤になって、慌てて席に着いた。
父は度々カサンドラを伴って馬車で有名なレストランへ食事に行っているが、私も母も一度も連れて行って貰ったことなど無い。これでも私は伯爵令嬢だと言うのに、名ばかりである。庶民の生活の事はよく分からないが、今の私の生活レベルは庶民……もしくはそれ以下の扱いであると思う。
「さあ、レディ。お好きなメニューを選んでください」
彼はメニューを差し出したが、名前ばかり連ねてあって、外食をした事が無い私にとっては全てが未知の食べ物に思えた。
例えばメニューの一番上段に書かれている『恋人たちの優雅な休日のポワレ』。どんな料理なのか、食に関しては全く無知の私には想像も出来ない。
思わず難しい顔でメニュー表とにらめっこしていると、正面に座る紳士がクスクスと笑った。
「ああ、すみません。こんなメニュー表ではどんな料理なのか想像もつきませんよね?」
「はい、そうなんです。お恥ずかしい事に私にはどんな料理なのかさっぱり想像がつかなくて……」
顔を赤らめながら言うと、彼はメニューを閉じた。
「それなら私と同じ料理を注文してもよろしいでしょうか?」
「はい、是非お願いします」
勿論私に異論はない。彼は頷き、テーブルの上に置いてあった呼び鈴を鳴らした。するとすぐに給仕の男性が現れる。
「いつものメニューを頼む。向かいに座るレディーにも同じものを」
言いつけると給仕の男性は頭を下げた。
「かしこまりました。ジュリアン侯爵」
え……? 侯爵……?目の前の紳士が……?
給仕の男性が去ると、私は急いで尋ねた。
「あ、あの……貴方は侯爵様……なのですか?」
「ええ。そうですよ。レディ」
ジュリアン侯爵は頬杖を突きながら私をじっと見つめている。
「そ、それ程身分の高い方だったとは……何か失礼な事をしておりましたらお詫びさせて下さい!」
しかし、ジュリアン侯爵はさらに笑顔になる。
「いいえ、貴女は一切失礼な態度は取られておりませんよ? どうか私の事はそのままジュリアンと呼んでください。レディのお名前を私に教えて頂けませんか? ファーストネームだけで構いませんので」
ひょっとするとジュリアン侯爵は私があまりにもみすぼらしい姿をしているので、苗字のある貴族だとは思っていないのかもしれない。
「はい、私はライザと申します」
するとジュリアンは私に右手を差し出してきた。
「よろしく、ライザ」
「こちらこそよろしくお願い致します、ジュリアン様」
私も右手を差し出し、2人で握手を交わした――
店内のあちこちでは昼間から分厚いステーキに赤ワインを飲む人々で溢れている。
いつも冷めた料理や、中には食事にありつけない日々を過ごしてきた私にはとうてい考えられない世界であった。
彼は常連客なのだろうか?
私達が店に現れると、すぐに責任者と思われる男性が現れて店内の奥にある別室へと案内してくれた。
「こちらでお待ちください」
そう言われて通された部屋は革張りのソファに大理石で出来たテーブルの豪華なダイニングセットが置かれていた。床は赤い重厚なカーペットが敷かれ、木目調の壁の四隅には立派な花瓶に美しい花々が飾られている。さらに大きな絵画が何枚も飾られている。
「……」
何と場違いな場に連れて来られてしまったのだろう。部屋の中を見渡していると紳士に声を掛けられた。
「レディ、いつまでそうやって立っているおつもりですか? そろそろおかけになって一緒にメニューを選びませんか?」
「す、すみません! つい立派なレストランに驚いてしまたものですから……」
思わず真っ赤になって、慌てて席に着いた。
父は度々カサンドラを伴って馬車で有名なレストランへ食事に行っているが、私も母も一度も連れて行って貰ったことなど無い。これでも私は伯爵令嬢だと言うのに、名ばかりである。庶民の生活の事はよく分からないが、今の私の生活レベルは庶民……もしくはそれ以下の扱いであると思う。
「さあ、レディ。お好きなメニューを選んでください」
彼はメニューを差し出したが、名前ばかり連ねてあって、外食をした事が無い私にとっては全てが未知の食べ物に思えた。
例えばメニューの一番上段に書かれている『恋人たちの優雅な休日のポワレ』。どんな料理なのか、食に関しては全く無知の私には想像も出来ない。
思わず難しい顔でメニュー表とにらめっこしていると、正面に座る紳士がクスクスと笑った。
「ああ、すみません。こんなメニュー表ではどんな料理なのか想像もつきませんよね?」
「はい、そうなんです。お恥ずかしい事に私にはどんな料理なのかさっぱり想像がつかなくて……」
顔を赤らめながら言うと、彼はメニューを閉じた。
「それなら私と同じ料理を注文してもよろしいでしょうか?」
「はい、是非お願いします」
勿論私に異論はない。彼は頷き、テーブルの上に置いてあった呼び鈴を鳴らした。するとすぐに給仕の男性が現れる。
「いつものメニューを頼む。向かいに座るレディーにも同じものを」
言いつけると給仕の男性は頭を下げた。
「かしこまりました。ジュリアン侯爵」
え……? 侯爵……?目の前の紳士が……?
給仕の男性が去ると、私は急いで尋ねた。
「あ、あの……貴方は侯爵様……なのですか?」
「ええ。そうですよ。レディ」
ジュリアン侯爵は頬杖を突きながら私をじっと見つめている。
「そ、それ程身分の高い方だったとは……何か失礼な事をしておりましたらお詫びさせて下さい!」
しかし、ジュリアン侯爵はさらに笑顔になる。
「いいえ、貴女は一切失礼な態度は取られておりませんよ? どうか私の事はそのままジュリアンと呼んでください。レディのお名前を私に教えて頂けませんか? ファーストネームだけで構いませんので」
ひょっとするとジュリアン侯爵は私があまりにもみすぼらしい姿をしているので、苗字のある貴族だとは思っていないのかもしれない。
「はい、私はライザと申します」
するとジュリアンは私に右手を差し出してきた。
「よろしく、ライザ」
「こちらこそよろしくお願い致します、ジュリアン様」
私も右手を差し出し、2人で握手を交わした――