虐げられた人生に別れを告げた私は悪女の道を歩む
1-9 ジュリアン侯爵の訪問
「お母様……」
「ライザッ! お前と言う娘は、一体今の今迄何処に行っていたのですか!? まだ外国語と経済学の勉強が残っていたでしょう!? もうカサンドラも学校から帰って来ているのですよ!?」
母は余程頭に血が上っているのか、背後に立っているジュリアン侯爵に気付いていない。こんなみっともない場面を見せる訳にはいかないと思い、私は母を宥めようとした。
「お母様、落ち着いて下さい」
「口答えする気ですか!? おだまりさない!」
母が私の頬を叩こうと右手を挙げた瞬間――
「落ち着いて下さい」
ジュリアン侯爵が私の前に出て来ると、母の右手を掴んだ。
「あ、貴方は誰!?」
その時になって母は初めて侯爵の存在に気付いたのか、悲鳴のような声をあげる。
「私はライザお嬢様と一緒に食事をしていたジュリアン・レスターと申します。失礼ですが貴女はライザお嬢様のお母上でいらっしゃいますよね? 何故実の娘に手を上げようとなさるのですか? もしかすると手を上げるのは今回が初めてですか? 私の目にはとてもそうとは思えませんが……」
「え……? ジュリアン・レスター……? レスター……ま、まさか……っ!」
母は名前を聞いてすぐに何かに思い当たったのだろう。途端に顔色が青ざめた。
そんな母の様子を見た侯爵は笑みを浮かべ、手を離した。すると母はすぐにドレスの両端を持ち、バッと頭を下げた。
「レスター侯爵様……これはお見苦しい場面を見せてしまい、大変失礼致しました」
頭を下げたままの母の身体は小刻みに震えている。
「夫人……もう一度伺いますが、先程ライザお嬢様に手を上げようとなさっておいででしたが過去にもあるのですか?」
侯爵は静かに母に尋ねた。すると、母は顔を上げた。
「いいえ! とんでもございません! ライザは私の可愛い娘です! どこの世界に娘を叩こうとする母親がいるでしょうか!?」
母は白々しい演技をしながら、ちらりと私の方を見る。
私は思わず心の中でため息をついた。母は父やカサンドラの事でストレスがたまると私に折檻をしてきた。だが、それでも父やカサンドラに比べると母の折檻は私にとってはずっとマシだった。おまけにお小遣いをくれる人物は母だけである。だからここで正直に話しても何の得もない。
「はい、母はとても良い方です。私は一度も母に手を上げられた事はございません」
私は侯爵に嘘をついてしまった。
「ライザ……」
母が安堵の表情で私を見る。
「そうですか。ならライザ、私は貴女の言葉を信じます。所で夫人、少し中でお茶を頂いても宜しいでしょうか?」
ジュリアン侯爵は笑みを浮かべながらとんでもない事を言ってきた。それを聞いた母は目を白黒させていたが、慌てて返事をする。
「は、はい! すぐにご用意致しますっ! どうぞ中へお入りください!」
その頃になると使用人達も騒ぎを聞きつけていたのだろう。屋敷の中へ入るとバタバタと慌ただしく準備に駆けずり回っている。
「どうぞ、こちらへお入り下さい」
母が案内したのはこの屋敷で一番立派な応接室だった。
「ほう……これは見事な応接室ですね」
ジュリアン侯爵は感心したように中へ入ると薔薇の柄が美しい綴れ織りのソファに腰かけた。目の前には大理石のテーブルが置かれている。
母はいそいそと侯爵の正面に座り、私は母が何も言わないので黙って立っていた時――
「お待たせ致しました」
そこへ何故かタイミングを見計らったように美しいドレスに化粧を施したカサンドラがメイドを引き連れて応接室へとやって来た――
「ライザッ! お前と言う娘は、一体今の今迄何処に行っていたのですか!? まだ外国語と経済学の勉強が残っていたでしょう!? もうカサンドラも学校から帰って来ているのですよ!?」
母は余程頭に血が上っているのか、背後に立っているジュリアン侯爵に気付いていない。こんなみっともない場面を見せる訳にはいかないと思い、私は母を宥めようとした。
「お母様、落ち着いて下さい」
「口答えする気ですか!? おだまりさない!」
母が私の頬を叩こうと右手を挙げた瞬間――
「落ち着いて下さい」
ジュリアン侯爵が私の前に出て来ると、母の右手を掴んだ。
「あ、貴方は誰!?」
その時になって母は初めて侯爵の存在に気付いたのか、悲鳴のような声をあげる。
「私はライザお嬢様と一緒に食事をしていたジュリアン・レスターと申します。失礼ですが貴女はライザお嬢様のお母上でいらっしゃいますよね? 何故実の娘に手を上げようとなさるのですか? もしかすると手を上げるのは今回が初めてですか? 私の目にはとてもそうとは思えませんが……」
「え……? ジュリアン・レスター……? レスター……ま、まさか……っ!」
母は名前を聞いてすぐに何かに思い当たったのだろう。途端に顔色が青ざめた。
そんな母の様子を見た侯爵は笑みを浮かべ、手を離した。すると母はすぐにドレスの両端を持ち、バッと頭を下げた。
「レスター侯爵様……これはお見苦しい場面を見せてしまい、大変失礼致しました」
頭を下げたままの母の身体は小刻みに震えている。
「夫人……もう一度伺いますが、先程ライザお嬢様に手を上げようとなさっておいででしたが過去にもあるのですか?」
侯爵は静かに母に尋ねた。すると、母は顔を上げた。
「いいえ! とんでもございません! ライザは私の可愛い娘です! どこの世界に娘を叩こうとする母親がいるでしょうか!?」
母は白々しい演技をしながら、ちらりと私の方を見る。
私は思わず心の中でため息をついた。母は父やカサンドラの事でストレスがたまると私に折檻をしてきた。だが、それでも父やカサンドラに比べると母の折檻は私にとってはずっとマシだった。おまけにお小遣いをくれる人物は母だけである。だからここで正直に話しても何の得もない。
「はい、母はとても良い方です。私は一度も母に手を上げられた事はございません」
私は侯爵に嘘をついてしまった。
「ライザ……」
母が安堵の表情で私を見る。
「そうですか。ならライザ、私は貴女の言葉を信じます。所で夫人、少し中でお茶を頂いても宜しいでしょうか?」
ジュリアン侯爵は笑みを浮かべながらとんでもない事を言ってきた。それを聞いた母は目を白黒させていたが、慌てて返事をする。
「は、はい! すぐにご用意致しますっ! どうぞ中へお入りください!」
その頃になると使用人達も騒ぎを聞きつけていたのだろう。屋敷の中へ入るとバタバタと慌ただしく準備に駆けずり回っている。
「どうぞ、こちらへお入り下さい」
母が案内したのはこの屋敷で一番立派な応接室だった。
「ほう……これは見事な応接室ですね」
ジュリアン侯爵は感心したように中へ入ると薔薇の柄が美しい綴れ織りのソファに腰かけた。目の前には大理石のテーブルが置かれている。
母はいそいそと侯爵の正面に座り、私は母が何も言わないので黙って立っていた時――
「お待たせ致しました」
そこへ何故かタイミングを見計らったように美しいドレスに化粧を施したカサンドラがメイドを引き連れて応接室へとやって来た――