完璧ブラコン番長と町の謎
 レジカウンターの傍に、壁をえぐって作られたへこみがある。確か、ニッチと言うんだったっけ。そこに、猫のぬいぐるみが置いてあることに気付く。
 それは、俺が小野にあげたものだった。

「あれ……」
「ああ、このぬいぐるみ、冬夜くんがとってくれたんだってね」

 店長はほがらかに言う。

「あかりちゃん、テーマパークであったこと、すっごく嬉しそうに報告してくれてね。それでそのぬいぐるみ、店内に飾っていいか、って聞いてきたんだよ」
「そう、だったんですか」

 てっきり部屋に飾られているかと思っていたから、びっくりした。

「人がいっぱいいる方が、ムギも嬉しいだろうって。だからそこにいるんだ。あ、ムギっていうのは、その子の名前ね」
「名前つけたんですか」
「なんならお供えもしてるよ。ほら」

 ムギの前には、漬物をのせた小皿と、米の入った小さな小鉢、水の入った小さな湯飲みが置いてある。
 ぬいぐるみに名前をつけるほど、気に入ってもらえたんだろうか。
 元々小野家では、生まれた時に猫を飼うらしい。本物の猫をもらったつもりで、一生懸命考えてつけてくれたんだろうか。
 そう思うと、胸の中がくすぐったくて、同時に不安が忍び込んできた。

 お化け屋敷に行った時、思わず掴んだ小野の腕の細さに驚いた。
 小野は、どれだけ危険なことに駆り出されてきたんだろう?
『テーマパークが心霊スポットらしいから、調査してくれ』なんて、俺は簡単に巻き込んだ。小野もあっさりと了承した。
 それは『包丁師』見習いとして当然なのかもしれない。
 けれど、怪我したら?
 呪いにかけられたら?
 二度と、この世に戻ってこれなかったら?
 ナツに対してはあれだけ不安に思っていたのに、どうして小野は大丈夫なんて思っていたんだろう。自分の軽率さにぞっとした。


「ただいまー!」

 引き戸を開ける音とともに、ナツの元気な声が後ろから聞こえた。
 振り向くと、俺に突進してきたナツと、麦わら帽子を被った小野がいた。

「おかえり、ナツ、小野」
「ただいまー。図書館行って帰るだけで暑かったのに、夏樹くん元気だね」
「あかりねーちゃんは根性がねえよなー」
 
 髪と額に汗びっしょりのナツが、笑って減らず口を叩く。その様子に、小野も笑っていた。
 テーマパークにいた時とは違う、自分より弱いものを愛おしむ笑顔だ。
 テーマパークにいた時、いつもの小野とちがうと思った。それが何なのか、今気づいた。テーマパークにいた時は、ナツみたいに自分の為に笑っていたのだ。
 
「……どうしたの、冬夜くん?」
「あ、いや。すまん」

 じろじろと見てしまったらしい。慌てて視線を逸らす。
 
 多分、小野に一番近い同級生は俺だ。
 なら、『普通の中学生』としての生活を守れるのも、俺だけだ。
 もう危険なことに、小野を巻き込みたくない。
 小野には、笑っていて欲しいんだ。
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