結婚について、本気出してみた。
「わかりました」とよくわからないまま答えた筒香花菜。
そしてよくわからないまま朝を迎えた筒香花菜。
約束の9時より5分前に、203号室の玄関のチャイムを鳴らす筒香花菜。服装はもちろん、パーカーにジーンズ。
カンバラ息子は、黒のノースリーブに、ジーンズ、そして咥えタバコでドアを開けた。
「筒香さんようこそ。汚くて狭いところですが、上がってください」
本当に汚くて狭いところだと思った筒香花菜。小さい玄関は、サンダルが3足と、ブーツが2足で埋まっていて、クロックスを、横倒しになったブーツの上に置いた。
キッチンが真横の廊下は、町の中華料理屋さんを思わせるほどベトベトとしていて、奥の部屋、1Kの1の部屋はタバコ臭い。壁も白ではなく、クリーム色がかっている。
「どうぞ」
と改めて部屋へ通される筒香花菜。通されるがまま、部屋の真ん中に置かれたこたつ机の上にあるノートパソコンの前に座った。
「ここに書いてある文章を、このソフトにタイピングしてもらっていいですか?」
何やら文章が書かれているA4の紙を渡され、言われるがまま、タイピングをする筒香花菜。
カンバラ息子は、時計と筒香花菜の手元を交互に見る。時計。筒香花菜の手元。時計。筒香花菜の手元。タバコの灰を落とす。時計。筒香花菜の手元……。
おそらく20行目くらいに差し掛かったところで、カンバラ息子は、「結構です」と言って、筒香花菜からA4の紙を取り上げた。
そして、「今日はもう帰って結構です」と言った。