空と海が出会う場所〜発達障害をもつ私が出会った、小さな恋と希望の物語
16.

バースデー

次の日の昼間、先生に許可をもらって休日の教室でフラグの続きを描いた。

板に貼り付けられたフラグと向き合いながら、絵って何だろうと考えていた。

以前なら、ただのひまつぶしだった。
退屈な時間、
なじめない場所、
人との隙間、
いろんなところにぽっかりと空いた穴をうめるもの。
だけど、今は違う。

この手から生み出すものに何かをこめたい。

クラスのみんなの思い。
晴空の思い。
私の思い。
形のないそれらを絵にしたい。

四月、教室の窓から一人で校庭を眺めていたことを思い出す。
教室のにおい、
ひっそりした空気、
うまく扱えずにいる自分自身。

私は、クラスにうまくなじめない。
だけど、本当はクラスのみんなとつながりたい。
そのもどかしさ。さみしさ。

そんな気持ちを抱えた私に、
晴空はいつも声をかけてくれた。
たくさんの言葉をくれた。
ケンカもした。仲直りもした。
夕方の公園や、路地裏や、近くの川で遊んで、
なんでもないような場所にいくつも思い出をつくった。
いろんな思い出がつまった、独特な結晶みたいな、キラキラした時間たち。

この先、クラスのみんなや晴空と見る景色にはどんな景色があるだろう。

未来をのぞいてみたいと思う。
そう思いながら、未来を頭に思い描こうとした。
でも、そこに浮かんできたのは、〝未来〟というより、自分の〝願い〟だった。
みんなが同じ場所で笑っていたらいいな、という願い。

仲のいい生徒も、そうでない生徒も、みんなが一つの教室にいる。
晴空もそこにいる。
私もそこにいる。
私たちは完全に理解し合うことはできないけれど、それでも同じ場所で笑っている。
そうであったらいいなと思った。

そして、晴空とは、ずっと先の未来でも、
一緒にいられたらいいなと思う。
来年も、再来年も、その先もずっと。

そんな素直な気持ちを絵にした。

私の思いをつめこんだ絵が、今、完成した。

      • • •

できあがった絵と向かい合う。

絵の中には、空飛ぶ船と、
大地を埋め尽くす赤い花が描かれていた。
船が起こす風が花を散らし、船の後方には赤い花吹雪が舞っていた。

縦一・三メートル、横ニメートルの巨大なその絵は、そこに〝ある〟というより、そこに〝いる〟という感じだった。
初めて会う生き物に向き合うような気持ちがした。
まだ絵の具も乾ききっておらず、生まれたばかりの生々しさを持っていた。

教室のドアがガラリと開く。
振り返ると、様子を見にやってきた晴空の姿があった。

瞬きをして、晴空を見つめた。

不思議な気持ちがした。
ここはいつもの教室だった。休み時間や放課後のありふれた日常を、この場所で晴空と一緒に過ごしてきた。

でも今は、ここが特別な場所であるように感じた。
 
晴空は、
「完成したんだ」
と言って、絵のそばに歩いてきた。
そして、静かに絵を眺めた。

沈黙ーー。

私は祈るような気持ちで晴空の横顔を見つめていた。
 
立った一言でいいから、感想がほしかった。
ありのままの晴空の思いを聞きたかった。
褒めてくれなくてもいい。
真っ直ぐに見つめてくれるだけでいい。
それだけで報われる気がした。

晴空がこちらに顔を向け、
「おまえは、やっぱりすげーな」
とにっこり微笑んだ。

それを聞いた瞬間に心がふわっと軽くなった。

教室の窓の外で、鳥が羽ばたく音が聞こえた。ニ、三羽の鳩が、翼を大きく広げ、窓の外を飛んでいく。

それを眺めながら、私は思った。

私は晴空に出会うまでずっとひとりぼっちだった。
晴空と出会わなかったら、今でもひとりぼっちだったかもしれない。

たぶん、一人でだって、どうにかこうにか生きていくことはできるのだろう。
だけど、きっと、羽ばたくようには生きられない。

晴空は私の中に小さな夢を見出してくれた。
それは、今、空に向かって飛び出そうとしていた。

私、絵を描きたい。
胸の中で、そう強く願った。
人に誇れるような絵を描きたい。

胸に願いを抱きながら、晴空と並んで絵を眺めた。

絵の中の船は、未来を目指して飛んでいた。

「船、すげー迫力」

晴空は感心したような声を出す。 

「それに、きれいな花だな」

私は誇らしいきもちで微笑んだ。

「あの花はね、クラスのみんなの心なの」

花は、鮮やかな赤い色で大地を染めていた。

「じゃあ、あの中に、おまえの気持ちもあるんだな」

「あるよ」

私は、ゆっくりと花を指でなぞる。
大切なものに触れるように。
そこには、晴空を思う気持ちや、晴空と一緒にいたいという願い、晴空が見つけてくれた希望が描かれていた。

未来に向かう船からは、大地を染める赤い花がよく見えるだろう。
そして、あの花を見るたびに、どうして未来に向かうのか、思い出すだろう。

「俺、この絵が好きだよ」
と晴空が言った。


続く~
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