万能王女は国のために粉骨砕身頑張ります

第二章 とんでもない王女だったようです。

「天帝! お母さん! ちょっと、この国どうなってんのよ!」

 城内にある聖堂にバタバタと駆け込んだのは、リリアージュ王女、通称リリ王女である。
 雷に打たれて生死の境を彷徨うこと数か月。
 目を覚ました王女は、姿かたちは同じだが、中身はまるで別人であった。
 わがままも言わない、贅沢もしない。質素で堅実、勉強も執務も熱心だ。
 両親や臣、民のことを考える、素晴らしい王女に生まれ変わった。
 めでたしめでたし――

――ではなく。
 入れ替わった、当の本人の莉々は大変な苦労をしていた。

 
「お母さん、お母さん!」
 聖廟の扉を閉めるや否や、抽斗を漁って小さなノートを取り出す。
「ええっと、確かここで膝をついて……天帝への賛歌、いや、天帝を呼ぶほどじゃないんだけど……って、あ、れ?」
 手元のノートが増えている。
 天帝への賛歌だけが載っていたはずが、泰山娘々への賛歌が追加されている。
「泰山娘々って……お母さんの知り合いだったっけ」
 転生時に会っているはずだ。
 どんな顔だったか思い出せないが、天女の格好をした美女のうちの誰かだろう。
「ええいっ、誰でもいいわ、お母さんに会わせて!」

 聖廟から、泰山娘々への賛歌が流れ出した。一切の迷いなく紡がれる賛歌は、時折途切れるものの、ほぼ一昼夜続いた。
「……泰山娘々、はやく降りて来なさい……降りてこないなら、こっちから行くわよ!」
 怒号にも似た気迫に慌てたのは、天界の泰山娘々本人である。
「玉華、特別に許可を出します。莉々に会ってきてちょうだいな」
「よろしいのですか? 通常、この程度では顕現しないのでは……」
 そうね、と泰山娘々は袖で目頭をそっとおさえた。
「莉々が……とても怒っているわ……」
「え、ええ、それは感じています、天界中が……」
「莉々なら……展開への扉を強引にあけて、ここへ乗り込んで来そうな気がするの」
 そんなまさか、と玉華は笑おうとして失敗した。
 莉々の霊力なら、それが可能だ。人界と天界を隔てているのは、天帝が張り巡らせた障壁たった一枚だ。普通の人間や、普通の神仙、霊獣たちはそれを破ることはできない。
 ただ、天帝をも凌ぐ霊力を持つ莉々なら、突破してしまうだろう。
 そう思った瞬間。
 どおん! と、衝撃音がして、あろうことか天界の宮殿が揺れた。
「ひっ、地震!?」
「玉華、ゆ、揺れたわ……」
 思わず身を寄せ合う泰山娘々と玉華であるが、雲海に浮かんでいる天界では原則、地震は発生しないのだ。
 まさか、と、玉華が呟いた瞬間。

「ちょっとお! 泰山娘々でもお母さんでもいいから、いいかげんに、誰か来てっ!」

 莉々の、怒りの叫びが響き、ぐらぐら、と地面が揺れる。天の人々が、慌てふためいて地面に座り込んで頭を抱えている。
 天帝が、泰山娘々と玉華の前に、顕現した。
「玉華、はよう行け! そして莉々が聖廟を打ったり揺らしたりするのを、止めてくれ」
「承知、いたしました!」
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