万能王女は国のために粉骨砕身頑張ります
 聖廟、というのは聖人の魂を祀った場所であるらしい。
 朱色の鳥居をくぐって、参道のような短い通路を歩いたあと、朱色の建物の扉を押し開く。
「ここよ」
 入口で優雅に一礼する母を真似て、莉々も頭を下げる。
 室内は、薄暗かった。思わず、背筋が伸びる。
 小さな窓が左右に一つずつ、穏やかな光が差し込んでくる。

「聖廟はね、必ず南が入り口で、東西に窓があるの。北面を背にして聖人像は安置されているわ。理由は簡単、旅人が迷ったときに、聖廟にさえくれば方向がわかってありがたいでしょう?」
 方向音痴の莉々にとってはそれがどの程度ありがたいことなのか見当がつかないが、昔から守られているなら、ありがたいことなのだろう。
「ここは小さい廟だけれど、場所によっては大きさも色々でね。だけど絶対に安全でなければならないの」
「どういうこと?」
「聖廟は、絶対魔獣が襲わないし、何人たりとも聖廟を襲ってはいけないの。そうね、赤十字のマークがついているところ攻撃しないのと同じかしらね」

 母が歌うように教えてくれる。魔獣と言うのが気になるけれども、それは後で聞くとして。

 床に膝をついた母を真似て、莉々も膝をつく。
 改めて見れば、小屋の真ん中より少し奥まったところに木造の人形が安置されていて、天帝廟と墨で書かれた額が下がっている。
 シンプルな室内に、シンプルな調度品。
 聖人が祀られているというのに、ずいぶんと質素だ。
 暗さに少し目が慣れてくると、その像は白い服を着た男性像だとわかる。
「御神体と……お賽銭箱と鏡、椅子と机?」
「そうよ。ここは天帝廟だから、天帝像があるの。似ても似つかない天帝なんだけれど」
「他には誰の廟があるの?」
「いろいろ、凡そ有名な神仙はたいてい、どこかに祀られてるわ」

 莉々は困った。
 有名な神仙と言われても、誰が有名なのかわからない。
「知ってるのは……西王母とか? 黄帝とか?」
 その他、関羽を祭った関帝廟や孔子廟というのは聞いたことがある。彼らは果たして神仙なのだろうか。
「必要な神仙の名前は自然と覚えられるから、ゆっくりでいいわ」
「はーい」
「それから、賛歌はここに。どの廟でもこの抽斗にしまってあるわ」
「じゃあ、突然賛歌を唱えることになっても大丈夫なのね」
「ええ」
 はい、と小さなノートを渡された。中身は、漢文だ。読めないこともない。
「えっと……天帝への賛歌……歌詞、というよりお経ね」

 朗々と唱える母の隣で、莉々も見様見真似で天帝への賛歌を唱えた。十回も唱えたか、どうか。
「……えええ? 道が開くってこういうこと?」
 天帝像がぱかっと左右に割れて、道路標識付きの道が出現した。しかも、打ちっぱなしのコンクリートだろう。
 もっとこう、美しい天女やありがたい動物が天から降りてきて案内してくれるとか……。
 雲に包まれた階段が出てくるとか……。
 そういった、ファンタジー世界を期待していただけに、がっかりしてしまう。

「何してるの、行くわよ!」
「あ、お母さん、まって!」
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