万能王女は国のために粉骨砕身頑張ります
何歳で覚醒するかわからないが、必ず前世を思い出す――。
確かに、天帝はそう言ったし、システム上も、そうなっている。
「莉々……あなたいつになったら覚醒するの?」
「いくらなんでも、前世を思い出すのが遅すぎますわ。思いたくはないけれど、転生失敗かしら?」
「かもしれません……。これ以上時間がかかるようなら、天帝に強制覚醒を頼んでもいいと思います」
「だけれど……主上の術は荒っぽいわ……魂が耐えられないかもしれない」
雲海から落っこちそうなほど身を乗り出して地上を眺めているのは、二人の天女。
一人は、莉々の母である玉華。
そしてもう一人は、玉華がお仕えしている女神、泰山娘々《たいざんにゃんにゃん》である。
ともに目鼻立ちのくっきりした、大変な美女である。
玉華の方が働く女性という雰囲気であり、泰山娘々はおっとりと、いかにも神仙といった優雅さを持っている。
そんな二人が凝視する先には夕闇に包まれる王城があり、馬車が続々と集っている。今日は、ライラ―国唯一の王位継承者でもある第一王女の社交界デビューの日である。
両親に付き添われ、城の大広間に姿を現した彼女は、ぐるっと大広間を睥睨した。
「ふふん、悪くないわね」
煌びやかなシャンデリア、磨き上げられた床。
色とりどりの花も、積み上げられた贈り物も、跪いている貴族たちも、すべてが彼女を満足させた。
「お父さま、お母さま、素晴らしいですわ! 社交界って本当に素敵!」
「王女殿下のデビューですからな、万事抜かりなく」
「お父さま、宰相に褒美を」
「うむ。宰相、何が希望だ? おっと、娘はやれんぞ」
父や老臣の会話を聞きながら、楽しそうにフロアを歩く彼女は、実はこの場で誰よりも畏れられている存在だ。
彼女の「報告」「おねだり」ひとつで、どうにでもなってしまう。
彼女の御機嫌を損なって断頭台送りになる人は年々増加し、役人は常に空席が目立つ。
そうでなくても牢に放り込まれた人も数多く、既存の獄は満員になって久しい。
だが、そんな恐ろしさは微塵も感じさせない。
青に近い紫、鮮やかな青紫の髪を複雑に結い上げ、意志の強そうな切れ長の瞳は髪よりもさらに濃く、紺藍に近い。
光沢のある生地で仕立てられたドレスは濃い緑。
ふんわりと広がる裾と肩が、あどけない少女のかわいらしさを引き立てる。胸元にも裾にも繊細な刺繍が施され、髪飾りとイヤリング、ネックレスはアメジストが輝いている。
幾ら王族とはいえ、年齢と国の困窮具合に似つかわしくない。奢侈に流れ過ぎである。
おそらく、王族は民の困窮にはお構いなし、自分たちが贅沢三昧することの方が大切なのだろう。
実際、壁際には出来立ての料理が次々と並ぶ。焼き立てのパンやビスケット、照り焼きにしたチキンやパンプキンスープはお代わり自由であるらしい。
シャンデリアの下では、着飾った人々が談笑し、その間を、飲み物やシャーベットを持った給仕が練り歩く。
だが、一歩城の外に出れば、着る者がなく、ぼろぼろの布を身体に巻き付けただけの人がいる。
食べるものがなくて道端に生えた草をとる子どもたちや、痩せた土地にほんの少し残った麦やトウモロコシをなんとか加工して食べる大家族がいる。
両者の差が、あまりに大きすぎる。
王侯貴族は民を見て手を差し伸べることはなく、民は日々生きることに精一杯、恨みつらみを叫ぶ気力すらないのだ。
この悲惨な国を救え、とは、あまりにも過酷な任務だ。ここまで疲弊した国を、どうやって回復させるのか。
本来なら、ここまで貧富や権力の差がでる前に、天が動く。
天帝の理念の元、神や仙人が人界をまんべんなく監督し、王を導き国を管理する。天は『あらゆるもの』を管理監督するため、場合によっては天が直接王へ罰を発動させることもある。
だが今回は、『天の掌からこぼれ落ちていた国』である。
天帝の意向も反映されていなければ、天罰が下ったこともない。
莉々には荷が重すぎるのでは、と、玉華は心配で仕方がない。
確かに、天帝はそう言ったし、システム上も、そうなっている。
「莉々……あなたいつになったら覚醒するの?」
「いくらなんでも、前世を思い出すのが遅すぎますわ。思いたくはないけれど、転生失敗かしら?」
「かもしれません……。これ以上時間がかかるようなら、天帝に強制覚醒を頼んでもいいと思います」
「だけれど……主上の術は荒っぽいわ……魂が耐えられないかもしれない」
雲海から落っこちそうなほど身を乗り出して地上を眺めているのは、二人の天女。
一人は、莉々の母である玉華。
そしてもう一人は、玉華がお仕えしている女神、泰山娘々《たいざんにゃんにゃん》である。
ともに目鼻立ちのくっきりした、大変な美女である。
玉華の方が働く女性という雰囲気であり、泰山娘々はおっとりと、いかにも神仙といった優雅さを持っている。
そんな二人が凝視する先には夕闇に包まれる王城があり、馬車が続々と集っている。今日は、ライラ―国唯一の王位継承者でもある第一王女の社交界デビューの日である。
両親に付き添われ、城の大広間に姿を現した彼女は、ぐるっと大広間を睥睨した。
「ふふん、悪くないわね」
煌びやかなシャンデリア、磨き上げられた床。
色とりどりの花も、積み上げられた贈り物も、跪いている貴族たちも、すべてが彼女を満足させた。
「お父さま、お母さま、素晴らしいですわ! 社交界って本当に素敵!」
「王女殿下のデビューですからな、万事抜かりなく」
「お父さま、宰相に褒美を」
「うむ。宰相、何が希望だ? おっと、娘はやれんぞ」
父や老臣の会話を聞きながら、楽しそうにフロアを歩く彼女は、実はこの場で誰よりも畏れられている存在だ。
彼女の「報告」「おねだり」ひとつで、どうにでもなってしまう。
彼女の御機嫌を損なって断頭台送りになる人は年々増加し、役人は常に空席が目立つ。
そうでなくても牢に放り込まれた人も数多く、既存の獄は満員になって久しい。
だが、そんな恐ろしさは微塵も感じさせない。
青に近い紫、鮮やかな青紫の髪を複雑に結い上げ、意志の強そうな切れ長の瞳は髪よりもさらに濃く、紺藍に近い。
光沢のある生地で仕立てられたドレスは濃い緑。
ふんわりと広がる裾と肩が、あどけない少女のかわいらしさを引き立てる。胸元にも裾にも繊細な刺繍が施され、髪飾りとイヤリング、ネックレスはアメジストが輝いている。
幾ら王族とはいえ、年齢と国の困窮具合に似つかわしくない。奢侈に流れ過ぎである。
おそらく、王族は民の困窮にはお構いなし、自分たちが贅沢三昧することの方が大切なのだろう。
実際、壁際には出来立ての料理が次々と並ぶ。焼き立てのパンやビスケット、照り焼きにしたチキンやパンプキンスープはお代わり自由であるらしい。
シャンデリアの下では、着飾った人々が談笑し、その間を、飲み物やシャーベットを持った給仕が練り歩く。
だが、一歩城の外に出れば、着る者がなく、ぼろぼろの布を身体に巻き付けただけの人がいる。
食べるものがなくて道端に生えた草をとる子どもたちや、痩せた土地にほんの少し残った麦やトウモロコシをなんとか加工して食べる大家族がいる。
両者の差が、あまりに大きすぎる。
王侯貴族は民を見て手を差し伸べることはなく、民は日々生きることに精一杯、恨みつらみを叫ぶ気力すらないのだ。
この悲惨な国を救え、とは、あまりにも過酷な任務だ。ここまで疲弊した国を、どうやって回復させるのか。
本来なら、ここまで貧富や権力の差がでる前に、天が動く。
天帝の理念の元、神や仙人が人界をまんべんなく監督し、王を導き国を管理する。天は『あらゆるもの』を管理監督するため、場合によっては天が直接王へ罰を発動させることもある。
だが今回は、『天の掌からこぼれ落ちていた国』である。
天帝の意向も反映されていなければ、天罰が下ったこともない。
莉々には荷が重すぎるのでは、と、玉華は心配で仕方がない。