万能王女は国のために粉骨砕身頑張ります
 一方、王女が出ていったあとの大広間で皇后は、
「ああ……天の神々よ……なぜ、我々をお助け下さらないのか……民を助けられるのなら、無能なわたくしのこの命を差し出します。どうか、どうか……」
 と、声を震わせた。

 ぎょっとした王が駆け寄って「よさないか!」と静止したあと、周囲を窺う。だが、王女が戻ってきた気配はなく、胸を撫でおろす。
「あの子は……あの子……もう、神におすがりするしか、ないのです」
 と大広間正面の壁に掛けられている天帝画の前に膝をついた。細い方を震わせたかと思うと、天帝への賛歌を口にする。
「お前……あの子に聞こえたら……」
 国王が広間の入り口を見つめたあと、妻の元へ駆け寄って同じように膝をついた。
 その小さな声に国王が声を重ね、宰相が顔を歪める。
 どんな子であれ、親が天に『子殺し』を願う。これが
 賛歌の細波は大広間全体を包み、大広間に出入りする使用人たちも声を重ねた。制止する者はいないため、あっという間に城全体に広まった。
 当然、城内を気ままに散策している王女の耳にも入る。

「なによ、この歌は! 忌々しいわね!」
 
 この国の民であるなら、知らぬはずはない天帝への賛歌。それは主に三つの場合に歌われる。まずは祭りの場で、天への感謝を込めて歌われるもの。これがもっとも一般的だろう。
 そして、苦難の時に助けを求めて口にする。とくに天帝に助けを求めるわけではないが、それを口にするだけで力が湧いてくる、簡易的な呪文、おまじないといったところか。
 そしてもう一つ――。
 聖廟で天帝に目通りを願う時にも、歌われる。実際に天帝や女神といった神仙への賛歌数千回唱え続け、天界への道が開けた話は枚挙にいとまがない。

 いずれにせよ、平時に聞こえてくることはない――はずのもの。
「……社交界デビューを祝って? まさかね」
 ならばなぜ、今聞こえてくるのか。
「今日は……どこかのお祭りの日だったかしら?」
 違うわね、と彼女は目を眇めつつ廊下の窓を開けた。
 ひんやりとした風が、首筋にあえて残したわずかな後れ毛を撫でた。
 通常なら心地よいと感じる風だが、王女はたちまち、顔を歪めた。風に乗って民が唱える天帝への賛歌が呪詛のように響いてきたのだ。

「あの歌はなに? 不快だわ!」
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