一年限定の子爵令嬢。私を雇った騎士は強面の可愛い人でした
「あなたのように陰気な女性が、リカルド様に相応しいと思っているの?」
「も、申し訳ありません……」
下を向き謝れば、令嬢たちはさらに図に乗る。
「リカルド様のように素敵な方の隣には、キャルロット様こそ相応しいと思わなくて?」
マリアンヌは思わず、キャルロットとは? と素で顔を上げれば顎を上げ鼻息荒くする赤髪の令嬢と目が合った。彼女がキャルロットのようだ。だとすれば左右の令嬢は、令嬢A、Bで良いかと判断。
「リカルド様はお優しいからあなたに気を遣っているだけで、本心では婚約者があなたであることにうんざりされているのよ」
「あなたのような地味な女がリカルド様の婚約者だなんて、分不相応だと思わなくて?」
「そうやって下ばかり向いて、会話もまともにできないなんて情けないわね」
貴族の結婚が契約なのは、マリアンヌより彼女達の方が詳しいはず。しかし、そんなこと知らぬとばかりにその後も罵倒は続く。
(三流脚本家が考えたような陳腐な台詞ね)
参考になるようなことは何もなかったと、マリアンヌは欠伸を噛み殺す。
(さて、どうしようか)
別段、このまま聞いていても構わない。しかし、ジークハルトの言葉を思い出せば、彼女達がエスティーナを呼び出すのは初めてではない。
(ジークハルト様はお友達だと言っていたけれど、女心に疎い方ね)
きっと、彼女達と話した後のエスティーナは暗い顔をしていたはず。隠していただろうけれど、そこは気づくべきところ。
もし、本物のエスティーナが戻ってきたら、彼女はまた令嬢達から嫌がらせを受けるのか、そう思うとマリアンヌの心が痛む。
会ったことはないけれど、彼女がどれだけ家族から愛されているかは分かるし、侍女の話から心優しい令嬢だと理解している。
周りを見ると幸か不幸か誰もいない。
それならば、と。
マリアンヌの表情が、途端にスッと変わった。
下を向いていた瞳は勝ち気に輝き、おどおどしていた雰囲気は凛としたものに変わる。軽く顎を上げ、薄く笑いながら令嬢達を憐れむように見下ろす。
「貴女達は私を妬んでいるのね?」
人が変わったような表情と本質をつかれた言葉に、令嬢達はその口をピタリと閉じるも束の間。すぐに先程以上の言葉が帰ってきた。
「私達があんたのような陰気な女を羨むはずがないでしょう?」
「いったい何様のつもり!?」
「自惚れるのもいい加減にしなさいよ!」
「あー、もういい、もういい。そんな台詞、聞き飽きたし言い飽きたわ。もっと気の利いた言葉ないの?」
「はぁ?」
あっちにいけ、とばかりにひらひらと手を振るマリアンヌを、令嬢達が凄い形相で睨みつける。マリアンヌとしてはもっとドラマティックな展開を予想していたのだ。期待はずれもいいところ。
「誰かを妬むのは仕方ないと思うわ。まして、それが努力なく手に入れたものならなおさら」
マリアンヌとて、艶々のブロンドの髪や、白磁のような肌を羨ましく思ったことがある。しかし。
「でも、それで相手を貶めたところで自分の価値が上がるわけじゃない。私が婚約を破棄したところでキャルロットさんが選ばれる保証はないのよ」
「そ、そんなこと……」
言われなくても分かっている。でも、言わずにはいられなかったのだろう。マリアンヌとて、キャルロットの気持ちが分からない訳ではない。
「本当にリカルド様が欲しいなら、私に構うよりダンスの一つでも申し込みにいけば? 欲しいものがあるなら手に入れる努力をしなさい。私相手に悪態ついて顔を醜く歪めても、何も変わらないわ。見てご覧、あなた、今、酷い顔しているわよ」
マリアンヌはキャルロットの後ろにある鏡を指差す。令嬢達か振り返り見ると、そこには嫉妬に歪んだ女と自信に満ちたマリアンヌの姿が映っていた。
役が欲しいからと、誰かを貶める役者を何人も見てきた。現に、マリアンヌも嵌められた一人。でも、そうやって手に入れた地位はあっけないほど簡単に崩れ落ちる。あっと言う間に観客に愛想をつかされ、飽きられ、劇団を去った役者を何人も見てきた。
結局のところ、身の丈に合わない場所に人は根付かない。それでもそこに居続けたいので有れば、それこそ血の滲むような努力が必要となる。
「じゃ、私は戻るわね」
颯爽とドレスを翻すと、マリアンヌはその場を立ち去った。あまり騒ぎを大きくするわけにはいかない。今はエスティーナなのだから。
会場に向かいながら再びしおらしい表情を作ろうとしたところで、マリアンヌは驚き立ち止まった。
「……いつからそこにいたの?」
柱にもたれるようにして、少し決まり悪そうにしているジークハルトを見つけたのだ。
「お友達と一緒に会場を出る姿を見て、少し心配してな」
「その心配はエスティーナ様にしてあげるべきだったわね」
「あぁ、反省している」
渋面で頭をガリガリと掻くジークハルトにマリアンヌは軽くため息をつく。不器用な男だ。でも、嫌いではない。
「ねぇ、気分転換にダンスを一曲踊ってくれない?」
「俺がか? 悪いがダンスは苦手だ」
「大丈夫、私は得意よ。男役、女役どちらもできるけれど、あなたはどうする?」
マリアンヌは胸に手を当て騎士の礼をし、ダンスに誘うように手のひらを上にして差し出す。
「やめてくれ。分かった、一曲つきあう。しかし、足は自分で守ってくれ」
「任せて」
ジークハルトが手を差し出すと、マリアンヌは出していた手のひらをくるりと返し、その上に重ねた。