本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

第17章 18 2人でパン屋へ

 18時――

退勤時間になったので、PCの電源を落として社員の人達全員に挨拶を済ませると私はロッカールームへと向かった。
着替えを済ませて社員通用口から出ると、そこにはダウンジャケットを着て通勤カバンを方から下げた井上君が立っていた。

「加藤さん」

「あれ? 何してるの? こんなところで」

「駅まで帰ろうかと思って加藤さんを待っていたんだ」

「え? そうなの?」

「ああ、それじゃ一緒に帰ろうか」

「う〜ん……それじゃ自転車取りに行くから待っててもらえる?」

「え? 自転車!? 何だそれ!」

「うん。実は私引っ越しをして自転車で通っているんだよ。ちょっと待っててね」

そして代理店の駐車場スペース脇に止めた自転車を引っ張って井上君の元へ戻ると彼は目を見開いて私を見ている。

「お待たせ」

「本当に……自転車で来ていたんだ……」

「そうだよ。冗談だと思っていたの? それじゃ行こうか?」

自転車を押して歩き始める。

「いや、冗談と思っていたわけじゃ……っていうか、いつ引っ越ししたんだ?」

「えっと……24日だよ……」

まただ、クリスマスイブの事を思うと胸が痛む。

「え? 24日って、確かデートって言ってたんじゃ……」

「……」

私は黙って話を聞いていた。そこで井上くんは何かに気づいたのか、ハッとなった様子で私を見た。

「ひょっとして……」

「う、うん。そういう事だからさ」

もうこれ以上はあまり追求されたくは無かった。井上君も私のそんな気持ちに気づいたのか、口を閉ざした。ほんの少しの間だけ、無言で町の中を歩いているとお昼休みに行ったパン屋さんが見えた。

「あ、ごめんね。井上くん、私このパン屋さんでパンを買って帰るから」

「え? パンを買って帰るのか?」

「うん。だからここで……」

「へぇ〜うまそうだな。俺も買って帰るよ」

「そう? それじゃ一緒にお店に入ろうか?」

「ああ」

お店の脇の空きスペースに自転車を止めると、井上君と2人でパン屋さんの中へ入っていった。

「へ〜この店の名前、『ブーランジェリー』って言うのか。おしゃれな名前だな〜」

井上くんは店内のポスターに目を止めた。ポスターには店名とパンの写真、それに営業時間と住所が書かれている。

私は早速陳列棚に並べられているパンを選び始めた――


30分後――

私と井上くんは購入したパンを持って店を出た。店の前に止めた自転車に荷物を乗せ、鍵を解除すると、通りで待っている井上君の元へ向かった。

「お待たせ」

「よし、帰るか」

そして再び並んで歩き始めるとすぐに井上君が話しかけてきた。

「それにしても加藤さん、随分パン買ったよな」

「うん美味しかったからね」

本当は亮平の分も買ったからなんだけど、別にわざわざ井上君に話す事もないよね。

「そう言えばさ、来年の新年会だけど、内輪だけでやろうと思って。メンバーは佐々木と片岡さんでいいかな?」

「うん、別にいいよ。真理ちゃんには私から連絡いれるよ」

「そうしてもらえると助かるな。それでさ……」

井上くんが何か言いかけた時――

「鈴音!」

私を呼ぶ声が聞こえてきた。そして人混みをかきわけてこちらへ向かって歩いてくる亮平の姿が見えた。

「亮平……」

「え? なんであの男が……」

井上君が狼狽えた声をあげた。

「鈴音、偶然だな。まさか駅前で会うなんて。え? お前誰だ? 何で鈴音と……あ!」

亮平は私と一緒にいた井上君が誰か分かったようだった。

「うん。同じ会社の井上君だよ」

「そうか、そう言えばそんな名前だったな」

「……」

井上君は険しい目つきで亮平を見ている。それに気付いたのか、亮平も不機嫌な顔つきで井上君を見た。

「何だ? お前、まだ鈴音にまとわりついているのか?」

亮平は失礼な言い方をする。

「だ、誰がまとわりつているって!?」

「亮平、そんな言い方しないで。井上君とは駅まで一緒に帰ってきただけなんだから」

「加藤さん……」

井上君が何か言いたげに私を見た。亮平はチラリと井上君を見ると、すぐに私に視線を移す。

「鈴音、それじゃ行こうぜ」

「うん」

返事をすると、井上君を見た。

「それじゃあね。井上君。また明日」

「あ、ああ……またね」

そして井上くんは駅の方へ去って行った。

「あいつ……」

亮平はそんな井上君の後ろ姿を見つめながら口の中で小さく呟く声が聞こえた――



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