おごり、おごられ、ふり、ふられ

SIDE:高橋美奈子

 マッチングアプリで話してみたところ気が合ったので、お食事でもしましょうか、という話になり。
 私は長岡翔平(ながおかしょうへい)さんと、初デートの行き先を決めていた。

『先日、美味しい地魚を出す居酒屋を見つけたんです。金曜の夜でも、どうですか?』

 しょっぱなから、私は顔を顰めた。金曜の夜て。しかも居酒屋。お前それヤリ目を疑われても仕方ないやつ。というか率直にヤリ目か?
 初対面の女を夜、酒の席に誘うかね。早くもげんなりしそうになったが、いかんいかんと首を振る。
 マッチングアプリにまともな男など残っていない。これはさんざん言われていることじゃないか。
 女の嗅覚は鋭い。できる男は学生時代にほぼ売れている。稀に男子校出身の純粋培養みたいなのがいるが、社会に出たらそっこーでハントされる。
 女にモテて嫌な男は(ほぼ)いない。多数のアプローチを受けながらも一人でいることを選択している男、というのは極めて稀である。
 したがって、婚活市場に残っている男とは……推して知るべし。
 しかし、未来は誰にもわからない。将来性は全ての男にある。偉大な先人は言った。
 好みに教育せよ、と。

『美味しそうですね! でも、ごめんなさい。金曜の夜は予定があって。土日のどちらかで、ランチはどうでしょう?』

 素直な女を演じて、それとなく昼のデートに誘導してみる。というか婚活指南では初デートの場合、ほとんどの記事で昼のお茶を推奨しているだろうに。何も調べてないのかこいつ。

『わかりました。では、土曜の昼にしましょう。お店は僕の方で探しておきますね』

 おきますねて。食の好みとか、嫌いなものとか、聞かないんかい。
 ええー、言った方がいいかな。でも聞かれてもいないのに言い出すと、注文が多い女って思われるかも。日程はこっちに合わせてくれてるんだし。
 まぁ、普通の店なら、何も食べられないなんてことはないか。

『嬉しいです、ありがとうございます』

 アプリのメッセージ機能を使って、時間と場所を決めて。
 私達は土曜日の昼、とあるカフェでランチをしていた。

「素敵なお店ですね。予約ありがとうございました」
「いえ、気に入っていただけて良かったです。そうだ、ここ魚介のパスタが有名なんだそうですよ。ほらこれ」

 見せられた写真は、確かにとても美味しそうだった。ああー、魚介は好きなんだよな。好きなんだけど。でっかいエビが乗ってるなー。残念。

「そうなんですね。美味しそう。でも、ごめんなさい。私甲殻類アレルギーなので、エビが入ってると食べられないんです。こっちの茸のクリームパスタもすごく美味しそう。私、これにしても?」
「ええ、もちろん。じゃぁ僕は魚介のパスタを頼もうかな。それと、グラスワインを。美奈子さんは、何か飲まれますか?」

 おおい。酒飲むのかよ。ランチにした意味。
 いやまぁ、私が飲まなければいいだけか。ちらっとワインの値段見たけど、プラス料金かかるし。別にいいや。
 しかしアレルギーだって言ってるのに、魚介のパスタ頼むのか……。てことはシェアするとかそういう発想は頭から無いんだな。別にいいけど。

「では、セットのコーヒーを」
「わかりました」

 すみません、と声をかけて、長岡さんが店員を呼んだ。注文はしてくれたので、そのまま会話に戻る。
 今日の天気だとか、仕事の話だとか、他愛のないことを話していると、注文した料理が来た。

「ありがとうございます」

 私は丁寧にセットしてくれた店員に礼を言って、テーブルの上のパスタを見た。湯気の立つ皿は、食欲をそそる見た目をしていた。

「いただきます」

 手を合わせて、カトラリーを手に取る。ふと見ると、長岡さんは既に食事を進めていた。
 あー、食事の挨拶しないタイプ。いるけど、いるけどね。

「これ、評判通りすごく美味しいですよ。そうだ、一口食べてみますか?」
「いえ、アレルギーですから」
「苦手なんて言ってたらもったいないですよ」

 マジかよ。今時まだこんな認識のやついる?
 引きつりそうになりながらも、苦笑する形で返す。

「苦手じゃなくて、体質なんです」
「好き嫌いなんて、意外と子どもっぽいところもあるんですね」

 そう言って朗らかに笑う長岡さん。なんでちょっと良いこと言ってやった風なん?
 あーーーこいつ無理かもーーー。

 とはいえ、無視するわけにもいかず、会話は続く。将来のこと、恋人のこと、少しだけ踏み込んだ話題を探るようにしながら、一時間半が経過。
 もう……いいか? そろそろ切り出して、いいか?
 初デートは一時間、って言われてないか。いやまぁ、二時間って書いてあるところもあるか。でも個人的に一対一で二時間て長いよねと思う。好意的に解釈すれば、楽しくて時間を忘れている、と思いたい。でもそろそろしんどい。

「そろそろ、お暇しましょうか」
「え、もうですか? まだ二時間も経ってませんよ」
「お店も混んできましたから」
「そうですか? あぁ、じゃぁ場所を移しましょうか。どこかコーヒーでも飲みに行きますか?」

 私の方便に、移動を提案される。
 おおおい。百歩譲って移動はいいにしても、私が今まで何を飲んでたかお前は見てなかったのか。コーヒー飲んでたんだが。
 初デートで二件目は行かないだろう。ていうか二件目行くほど盛り上がったか?

「いえ、ごめんなさい。この後ちょっと、予定があって」
「ああ、そうだったんですね。では、出ましょうか」

 またしても方便で何とか帰る方向に誘導することに成功した。
 おっと、その前に。いかん忘れるところだった。

「あ、その前に少し、お化粧を直してきてもいいですか?」
「ええ、どうぞ」

 これ席立ってくれないと困る、って前言われたことあるんだよなー。
 思い出しながらバッグインバッグを手に持ち化粧室へ向かう。ちらりと視線を向けた長岡さんは、スマホを見ていた。

 暫くして席に戻ると、伝票がそのままだった。ということは、この人は割り勘タイプである可能性が高い。奢り慣れているなら、まずこのタイミングで支払いは済ませている。
 私はあまり借りを作りたくないタイプで、元々割り勘をするつもりでいる。しかし、最初から「絶対払います」という姿勢の女は可愛くない。
 あと単純に、見栄を張りたい男もいる。というか、実は、このタイプが圧倒的に多い。(当社比。)本音は払って欲しい。でもケチだとは思われたくない。何より、女に財布を出させている自分の姿を他人に見られたくないのだ。
 故に、席でやり取りするのを嫌う人もいる。このカフェは開放的だし、他の席のお客さんからも店員からも丸見え。面目丸つぶれ、って思うかも。後にするか。
 他人からは見えないところでお金を渡す。経験上、これが最も穏便だ。

「では、行きましょうか」
「はい」

 にこ、と互いに微笑み合う。大丈夫、わかってる。勝手に伝票持ってったりしないから。ちゃんと格好つけさせてあげる。
 と、思っての行動だったのだが。伝票を持ってから、長岡さんは目に見えて不機嫌になった。
 あー、払わないと思われたのか。仕方ない。まぁ後でちゃんと払えば誤解はすぐ解けるだろう。
 それにしたって、仮にもデートの最中に不機嫌全開にするとはこれいかに。こっちはとっくにお前に見切りをつけているのに、あのダルイ会話に接待トークで付き合ったんだぞ。せめて別れるまで空気を良くしようとは思わんのか?

 伝票を手に取った長岡さんがそのままレジへと向かい、支払いを済ませる。見ているのはマナー違反なので、私は少し後ろで控えていた。財布のブランドも見ませんし、中身も覗きませんよ。
 会計が終わったのか「ありがとうございました」という店員のお決まりの文句が聞こえたので、私は頭を下げた。

「ごちそうさまでした」

 飲食店を出る時の挨拶は、いつもこれ。そして長岡さんはまたスルー。
 まぁね、いいけどね。別に店員に横柄な態度を取ってたとかじゃないし。
 お店で挨拶をするとか、神社の鳥居で頭を下げるとか。そういうマナーは、人に押し付けるものじゃない。押し付けるものではないが、普通はさぁ。
 横の女がやってたら、倣わないか?

 マナーなんだからやれとかいう話ではなく。今までやる習慣がなかったなら、一人の時はそのままでもいいけど。
 一緒にいる人間がやっていることを、平然と無視する。目にも留めない。
 変だと思うなら言えばいいし、意味がわからないなら聞けばいい、ポリシーがあるわけじゃないなら倣えばいい。同じように振る舞ってくれるだけで、共感性も上がるし、いい人だと思って貰える確率も上がるのに。多分何も見てないんだろう。目に入らない。
 将来子供ができたら、両手に買い物袋抱えて、ベビーカー抱えて、その上で子どもに抱っこをせがまれても、「荷物持つよ」の一言もなくスマホをいじって待っている姿が目に浮かぶ。

 ねーーーな。
 もう今後会わないことは決めていたが、会わないからこそお金のことはきっちりしなければ。店から少し離れたところで、もういいだろうと長岡さんに声をかける。

「長岡さん、先ほどいくらでしたか? 私の分払いますね」
「ああ、いえ、いいんですよ。お誘いしたのはこちらですから」

 おう、このやり取り挟むのか。ダルイな。あからさまに払って欲しい顔してるのに。

「でも、お店も探していただきましたし。今回は初回ですから」
「うーん……そういうことなら。じゃぁ、4500円だったので、2000円だけ貰ってもいいですか?」

 思わず、でた、と言いそうになった。
 続いて思い出す、ワインの値段。私のセットは、2000円。長岡さんはグラスワインをつけたので、プラス料金で2500円。
 ふつーに2000円は自分の分である。なんで払ってやった体なんだ? 謎すぎる。
 まぁ倍くらい食べておいてきっちり半分にするようなやつもいるからなー、損はしてないだけマシな方かー。

「はい、もちろん」

 私は財布から2000円を取り出して、長岡さんに手渡した。

 駅の近くまで来ると、長岡さんとはそこで別れることになった。

「長岡さん、今日はありがとうございました。とても楽しかったです」
「こちらこそ。美奈子さんとお会いできて良かった。また今度、お食事でも」
「ええ、また」

 はいはい社交辞令社交辞令。二度と会わないなこりゃ。会いたければ次回の約束取り付けてくるだろうしね。お互い縁がなかったということで。

 逆方向へ歩き、長岡さんの姿が見えなくなったのを確認すると、私は大きく息を吐いた。

「あれはモテねーな」

 いやでもまぁ、あれでも、いいという女性はいるだろう。知らんけど。頑張れ。

 夜の食事なら帰宅した時点でメールを入れるが、ランチの後はさてどれくらいで御礼メールをするものか。
 結局夜になってから、義理の御礼メールを送った。立つ鳥跡を濁さず。まぁ時間とお金を使って会ってくれたんだから、最低限のマナーはね。
 そう思っていると、割と早めに返信が来た。

『こちらこそ、とても楽しかったです。良ければ、また来週会いませんか?』

 はぁ?
 別れ際に約束しなかったし、手ごたえも全然無かった。なんだ急に。意味がわからん。他の女にでもフられたか?

 私は基本的に割り勘主義なので、女が奢られるべきだとは思っていないが、それでも好みの女だったなら初デートくらい意地でも奢るだろう。関係が良好なら、次は女の方が払いますね、となるだけだ。むしろ次は奢ってくださいよ、できっかけを作れる。あれだけ不機嫌顔しておきながら、まさか好みだったということはないだろう。
 仮に気が変わったのだとして。初回でたかだか数千円をケチる男なら、付き合った後でも絶対に女に「何かをしてあげよう」ということをしない。金でも行動でも。自分が何かを削って、相手を喜ばせようという気がないからだ。
 そんなの苦労が目に見えている。ないない。

 はーめんどい知らん知らん、もう切っていいかな。と思いつつ、一応質問の体で来ているので、最後にはっきりお断りの意だけ示して終わりにしよう、とメールを打った。
 はいこれで終了。義理は果たした。あとは知らん。頑張れ。

 ていうかさぁ。

 こっちが「長岡さん」って呼んでんのに、許可も取らずに「美奈子さん」て名前で呼んでくるところが、実は最初からだいぶ無理だった~~~!!
< 3 / 3 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:3

この作品の感想を3つまで選択できます。

この作家の他の作品

表紙を見る
表紙を見る
没落ですか? お嬢様。ではお暇をいただきます。
谷地雪/著

総文字数/7,719

ファンタジー1ページ

表紙を見る

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品をシェア

pagetop