人助け契約婚の結末 ~守るからここにいろ。副社長の優しくて幸せな命令~
「使え」
 渡されたものに、和未は戸惑う。綺麗なパッケージのハンドクリームだった。
「乗り掛かった舟だ。君のことはどうにかしよう」
 続いた声が優しくて、和未はそーっと顔を上げた。
 苦笑のような温かな微笑が見えて、和未の胸がドキッと鳴った。

「まず、食事は必ず二人分作ること」
 有無を言わさない彼の目があって、和未はうつむいた。
「かしこまりました。でも、食材がなくなりそうです」

「買い物もしてくれ。スマホの決済アプリに送金しよう。スマホはどこだ?」
「持ってません」
「嘘だろ?」
「私には必要ないと言われました。実際、連絡をとる相手もいません」
「そうか」
 ため息のように晴仁は答えた。

「今度の土曜は出掛ける」
「はい」
 食事はいらないという意味だろう、と和未は思った。
「俺がいると寝られないようだから行くが、ちゃんとベッドで寝ろよ。いいな」
「はい」
 晴仁が部屋を出ると、和未は大きく息を吐いた。

 彼はどうしてこんなに優しいんだろう。
 副社長と言っていたが、なにをしているんだろう。自分は彼の正確な年齢すら知らない。
 気になったが、自分ごときが彼に聞くなんて、許されない気がした。

 どのみち自分はいつか彼と別れる。そのときに悲しくないように、深く知るなんてこと、しないほうがいいんだ。
 和未は布団をかぶった。
 久しぶりのベッドは柔らかくて、しばらくすると和美は深い眠りに落ちた。
 


「和未! 大好きよ!」
 やわらかな微笑が和未を抱きしめる。
 ああ夢だ、と和未はすぐに悟った。
 母の夢を見るなんて、どれだけ久しぶりだろう。

「幸せになるのよ、和未」
 幸せ。
 そんな素敵な物が手に入る日が来るのだろうか。
 母が亡くなり、父が再婚した日から地獄が始まった。
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