人助け契約婚の結末 ～守るからここにいろ。副社長の優しくて幸せな命令～

「母さんと出会う前のことだろ？　そんな昔のこと」
「気持ちが変わってないなら今の話よ！　あの女がほかの男が結婚したから、仕方なく私と結婚したのよ！」

「申し訳ございません！」
　和未はがばっと床に頭をつけた。
「申し訳ございません。申し訳ございません！」
　香奈枝の剣幕が怖くて、ただ謝ることしかできなかった。

「出て行きなさい！」
「出て行くのは母さんですよ」
　晴仁は言った。

「誤解があるようだから、後日改めて。まずは父さんと話し合ってください」
「なにを言ってるの！」
　晴仁は母を力づくで追い出した。

　その後、土下座で床にうずくまる和未の背をそっと撫でる。
「怖い思いをさせたね。すまない」
　その声が優しくて、和未は顔を上げた。
　悲しそうな彼の顔があった。

「母は気にしなくていい。君はここにいていいから」
「でも……」
「俺がここにいてほしいと思ってるんだ。……命令だ。ここにいろ」
　そんな幸せな命令があっていいものだろうか。

　和未は呆然と彼を見た。
　彼の手が和未の体に添えられる。
　温かなその手に起こされ、和未は立ち上がった。
　目が合うと、彼はまた微笑した。
　和未は胸の奥から熱が湧いてくるのを感じた。

　なにも言えずに彼の目を見ていると、ふいに抱きしめられた。
　そんなことをされるのは初めてで、どうしていいのかわからなかった。
　心臓は早鐘をうつ。彼の滑らかな頬が顔のすぐ隣にある。吐息が首筋にかかって、和未の鼓動をさらに加速させた。

　彼のスマホが鳴り、彼は体を離した。画面を見て顔をしかめて電話に出る。
「大変です！　うちが作成したプログラムにスパイウェアが入っていたとデマが出て炎上しています！」
　電話の相手は大声だったから、和未にまで聞こえた。