人助け契約婚の結末 ~守るからここにいろ。副社長の優しくて幸せな命令~
 呼んだのは継母の紗世子(さよこ)だった。
 新たな用事を言われたら、今日中に全部を終えられるだろうか。
 不安を抱えてリビングのほうに向かう。

 開け放たれた掃き出し窓から見えたのは、おいしそうなケーキを食べる大学生の異母妹、紅愛(くれあ)の姿。
 手入れされた髪はパーマでふわふわ、肌は傷一つなく白くすべすべだ。まるで人形のようにかわいらしい。上質な衣服を身にまとい、爪はきれいにネイルされている。

 父の達弘(たつひろ)と紗世子がソファに座っていた。二人はもうケーキを食べ終わっていた。
 和未のおなかがぐう、と鳴った。今日はお昼ごはんを食べさせてもらえなかったから、おなかがすいてたまらない。むしった草が食べられたらいいのに、と思った。
 子供のころ、飢えに耐えかねてたんぽぽをかじったことがある。食べられると聞いたが、苦いだけだったから二度と食べなかった。

「参りました、奥様」
 継母は奥様、父はご主人様、五つ下の異母妹はお嬢様。そう呼ぶように言われている。
「遅いわよ、のろま」
「申し訳ございません」
 和美は頭を下げた。

「ゴミの結婚が決まったから」
 予想外の言葉に、和未は目をしばたいた。

蒲谷権蔵(かばやごんぞう)さん、六十五歳。資産家で、とってもお金持ちなのよ」
 紗世子が上機嫌で言った。

「お前なんかを嫁にもらってくれるんだ、ありがたく思え」
 達弘の冷たい目に、和未はうつむいた。

「ゴミにはもったいないくらいよ。ちょっと我慢したらあっちはすぐ死んで遺産が手に入るでしょ。うらやましいわ」
 紅愛は楽しそうに笑った。

 和未は困った。どう答えたら彼女らの機嫌を損ねずに済むのかわからなかったから。
「なにか言いなさいよ!」
 紅愛は紅茶を和未にかけた。

 少し冷めた紅茶をかぶり、淹れたてじゃなくて良かった、と和未は思った。
 濡れた床を見て、すぐに自分のジャージの袖で拭く。汚れたままだと怒られてしまうから。

「かわいげのない子ね。せっかくの縁談なのに」
 紗世子があきれてため息をついた。

「嬉しいです、ありがとうございます」
 和未は慌てて言った。ご機嫌を損ねたら殴られてしまう。痛い思いをするのは嫌だ。殴られるための竹製の定規を用意するのも片付けるのも自分の仕事だ。それもまた辛かった。
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