人助け契約婚の結末 ~守るからここにいろ。副社長の優しくて幸せな命令~
 晴仁はまた顔をしかめた。まったく余計なお世話のようにも思う。
 だが、婚約で出資してもらえるなら。

「口約束では心もとない。誓約書を書いてもらう」
「信用ないな」
 言いながら、将吾はペンを手に取った。

「母さんには内緒な。嫉妬深いから。いまだに昔のことでねちねち言われるんだよ」
「人に言えないことはするなよ」
 晴仁がつっこむと、将吾は口をへの字に曲げた。

***

 日曜日。
 和未は毛羽立った白いブラウスに色あせた黒いタイトスカートを履いた。
 見合いにふさわしいとは思えなかったが、父も継母もなにも言わなかった。

 ホテルに着くと、ラウンジに連れて行かれた。
 すでに蒲谷権蔵は来ていた。
 太っていて、服がはち切れそうだった。でっぷりと腹が出て、顎は首と一体化していた。まだらに剥げた頭は伸びた白髪が汚らしかった。

 この人が夫になるのか、と和未は絶望した。
 あの家でずっと奴隷として働くのだと思っていた。
 結婚と言われても恐怖しかなかった。
 一瞬は、あの家を出られる、優しい人ならいいな、と思った。が、結局は新たな「ご主人様」が現れるだけだ。今以上にひどくなる予感すらある。

 達弘は権蔵と軽い挨拶を交わして和未を紹介すると、すぐに帰ってしまった。
「座りなさい」
 言われて、彼の正面に座る。
 権蔵は舐めるように和未を見る。
 彼は来た店員に勝手にコーヒーを注文した。

 ふと隣を見ると、スーツの男性がコーヒーを飲んでスマホを見ていた。三十歳くらいだろうか。焦げ茶の整えられた髪に涼し気な目元が印象的だった。

 結婚するならあんな人が良かった。
 思って、ため息をつく。そんな幸運、あるわけがない。
「引きこもりと聞いていたが、見た目は悪くないな。少しやせすぎだが」
 権蔵は薄ら笑いを浮かべた。
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