孤独な受付嬢は凄腕冒険者の愛に包まれる
「随分とお疲れだね」

 そんな穏やかで優しい声が降ってきたのは、マーシャが机に額をぶつけた直後のことだった。
 したたかに打ち付けた額がじんじんと痛みを訴え始めると同時に、先程からうつらうつらと遠のいていた意識も慌てて駆け戻ってくる。
 マーシャは半開きの瞼を無理やり押し開きつつ、気合いで体を起こしては手元に転がっていたペンを掴み取った。

「す、すみません。どこまでお話しましたっけ」
「契約書にサインしたところ。これで大丈夫かな?」

 差し出された書類に目を通したマーシャは、見慣れた筆跡で記された「レオ」という名前を確かめて小刻みに頷く。

「はい、問題ございません。今回は危険度の高い大型魔獣の討伐依頼ですので、第二倉庫の方で支給品を受け取ってから出発してください。それから……該当地域は先日の大雨で地盤が少々ゆるんでいるそうなので、注意をお願いします。準備に何か必要なものがあれば用意いたしますので」
「じゃあ後で申請しておこうかな」

 傍らのボックスからひらりと申請用紙を抜き取った彼──冒険者のレオは、入れ代わりに小さな包みをマーシャの前に置いた。
 何だろうと不思議に思っていれば、席を立った彼がくすりと笑って告げる。

「ちゃんと冷やしといて。おでこ」

 自身の鮮やかな紅蓮の髪を払い、その額を軽く叩いたレオは、じゃあねと手を挙げて受付から出て行った。

「……あ、お気をつけて!」

 聞こえたかどうか分からない挨拶を口にしてから、マーシャは盛大な溜息と共に項垂れる。

「し、仕事中に寝るなんて……」

 しかも接客中に。
 いくら寝不足だからって、これはあまりにも酷い。相手がレオではなく気性の荒い短気な冒険者だったら、怒声で叩き起こされていたことだろう。
 ギルドの受付嬢としてあるまじき勤務態度に、マーシャは再び溜息をつき、ふと先ほど渡された包みに目を留める。
 そうっとそれを開いてみると、中には青い鉱石が入っていた。何の加工もされていない原石だが、内部から淡い輝きを放っていて美しい。恐る恐る指先で表面に触れてみたマーシャは、その氷のような冷たさに驚いた。
 もしや氷属性のマナを含有するマナ石だろうか。見たところ純度の高い上質な物のようだが、何故これを……。

「……あ、冷やせって……これで……?」

 マーシャはレオの気遣いに羞恥と感謝を覚えつつ、額というよりは頭を冷やすために氷のマナ石を患部に押し付けたのだった。



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