孤独な受付嬢は凄腕冒険者の愛に包まれる
「……子爵を言い訳にして声も掛けられなかったけど、さすがに今日を逃すほど僕も愚かじゃない。マーシャさん、どうか僕に少しだけ心を預けてくれないかな」

 そこでレオは少しばかり居住まいを正すと、深呼吸をして告げた。

「改めて言うけど──君が好きだ。ぬいぐるみを渡したときに一目惚れして、この街で君と接するようになってからは、もっと好きになった」
「……っ」
「君が苦しんでいたら、僕がそばで助けたい。君が孤独を感じたなら、その手を握りたい。そして君が笑顔になれたなら、僕も一緒に笑いたい」

 テーブル越しに伸ばされた手が、控えめにマーシャの指先に触れる。
 彼が近付いた分だけ、マーシャは自身の体温が上がった気がした。

「できれば……誰よりも近くで」

 カウンター越しの関係ではなく、恋人として。
 マーシャは時が止まったように触れ合った指を見ていたが、やがてレオがおもむろにその手を引こうとした瞬間、ほぼ反射的にそれを捕まえていた。

「あ、あの、わ、私で、よければ」
「え」
「わっ」

 手だけを握ったつもりが、目を丸くしたレオが上半身ごと引き寄せられてきた。マーシャが驚いて仰け反ってしまえば、今度は彼がしっかりと手を自分の方へと掴み寄せる。

「いいの? 本当に?」
「は、はい。レオさんは……お義父様が私に残してくださった、大切な、素敵な縁だと思うんです。それに」

 マーシャは空いた手で自身の胸を押さえると、レオの視線から逃れるように火照った顔を俯かせた。

「今まで平気だったのが不思議なくらい、レオさんのことを、意識してしまっていて」
「……っ」
「でも私、まだレオさんのことをよく知れていないから、お試し期間とやらを設けていただけると助かりま……」
「そんなのいくらでも設けるよ」

 マーシャの手をぎゅっと握りしめて、レオが脱力する。しばらく彼はその体勢で固まっていたが、やがて心底安心したようなため息が聞こえてきた。

「うわぁ……嬉しい。ありがとうマーシャさん」
「い、いえ、私の方こそ」
「ちなみにお試し期間って期限付き?」
「……えっと、そこは考えてませんでした」
「そっか。じゃあ」

 レオはそこで顔を上げると、とろけるような甘い笑顔でマーシャを見詰めたのだった。

「好いてもらえるように頑張らないとね」

 ──そんな、まるで愛しくて堪らないような顔をしないでほしい。
 勘違いしてしまいそうだと焦るマーシャだったが、それが勘違いでも何でもなかったと気付くのに、さほど時間は掛からなかった。



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