孤独な受付嬢は凄腕冒険者の愛に包まれる
 近年、魔獣──通常の獣とは発生のルーツが異なる、凶暴な生命体──の動向が活発になっていることはマーシャも耳にしていたが、それは人里離れた辺境の地でのこと。
 子爵夫妻もそれを知っていたからこそ、魔獣が目撃された地域とは真逆の方角を旅行先に決めたというのに。
 マーシャが現実を受け入れられずにいる間にも、非情にも時間は進む。魔獣討伐に当たった騎士団が子爵夫妻の遺体を持ち帰り、葬儀が執り行われ、屋敷には名前も知らない親戚が遺産目当てに押し寄せた。

『あら、マーシャさんと仰るの? 確か兄さんが引き取った……孤児でしたっけ』
『ああ……』

 彼らはマーシャを値踏みするかのようにじろじろと観察し、にこりと口角を上げて言った。

『あなた、どうする? 子爵家はわたくしどもが譲り受けますけど……兄様が大事にしていた子だものね。貴女さえ良ければ、これからもこの屋敷で過ごして構わないわよ』
『うちにも歳の近い子供が二人がいてねぇ』

 マーシャとほぼ同年代だというその兄妹は、彼女を見るなり明らかな侮蔑を露にした。
 卑しい人間など見たくないとばかりにさっさと踵を返した妹はともかく、兄の方はじっくりとマーシャの顔立ちや体つきを眺めて小さく笑ったのだ。言葉など無くとも、ひどい屈辱を覚えたのは確かだった。

『……い、いえ。……ご迷惑をおかけするわけには、いきませんので。手続きを終えたら、出ていこうと思います』

 そう答えるしかなかった。
 マーシャの返答に親戚は満足げに頷き、「何か必要なものがあったら仰ってね」と上機嫌に告げる。
 義父母とのたくさんの思い出が詰まった屋敷は、そのとき一瞬にして他人の領域と化したのだ。
 葬儀が終わるや否や賑やかに笑い合う彼らの背中を、ついつい憎らしい気分で睨み付けてしまったのは言うまでもない。

『困ったら俺のところにおいで。一人じゃ大変だろう? 君、可愛いから歓迎するよ』

 しかし、すれ違いざまに囁かれた言葉と、からかい混じりの冷えた眼差しに、マーシャは逃げるように屋敷を去ることしか出来なかった。



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