別れてママになったのに、一途な凄腕パイロットは永久溺愛で離してくれません
「ちょっと、綾人!」

 抗議の声をあげるが、腕の力はますます強くなり、身動きができない。

「可南子」

 たしかめるように名前を呼ばれるが、わけがわからず混乱する。ややあって腕の力が緩み、私は顔を上げた。

「どうしたの、大丈夫?」

 怒るよりも心配なり、彼に尋ねる。よく見たら、綾人の顔色は心なしか悪い。一気に不安に襲われていると、綾人は気まずそうな顔になった。

「悪い。少し寝惚けてて」

「怖い夢でも見た?」

 まるで子どもに対する聞き方だ。けれど子どもでも大人でも怖い夢を見た後は、気分が落ち込む。

 しばしためらいを見せた後、綾人はゆるゆると口を開く。

「別れてから、何度も可南子の夢を見た」

 綾人は自嘲的な笑みを浮かべた。

「何度も夢を見て、でも目が覚めたら可南子がいない現実を突きつけられる。その繰り返しだった。だから、今でもたまに全部夢じゃないかって思う時があるんだ。可南子と再会して凌空がいて、結婚までしたのに」

『こんな風に可南子に渡せる日が来るなんて夢みたいだ』

 あの時は軽く笑って否定した。でも綾人にとっては本気で、ずっと別れた時のつらさを引きずっ ていたんだ。

「夢じゃないよ」

 今度は私から綾人に腕を回して抱きしめる。

「夢じゃない。私も凌空もずっと綾人のそばにいる。いさせてほしいの」

 私も綾人の夢を何度も見た。自分から手放したのに、会いたくて苦しい。いつもはしまっている記憶や想いが夢だと溢れ出し、それが逆に起きた時の寂しさや空しさを増幅させる。
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