別れてママになったのに、一途な凄腕パイロットは永久溺愛で離してくれません
「俺は、別れたくない。可南子の抱えていたものをわかってやれずに、本当にごめん。可南子が俺をどう思っていても、俺は愛している。離したくない」

 切羽詰まった表情と手のひらの温もりに一瞬で視界が滲む。それを気づかれたくなくて彼の手を振り払い、距離をとった。

「遅いよ。結婚する彼の方が私を幸せにしてくれる。私の欲しいものをくれるの。さようなら」

 逃げ出すように綾人に背を向け、素早くバッグを手に取ってそのまま玄関に向かう。 

 大学時代から続いた彼との付き合いは、最悪の形で終わりを迎えた。

「な、んで……」

 最後に見た今にも泣き出しそうな綾人の姿。綾人はひと言も私を責めなかった。なんの前触れもなく綾人に対する不満をぶつけ、さらには身勝手に別れたいと告げたのにもかかわらずにだ。

 別の人と結婚すると言った時点で、彼に罵られる覚悟もしていた。けれど、彼はそれどころか謝罪の言葉を述べてきた。

 綾人のあんな傷ついた表情を初めて見た。あの顔をさせたのは他の誰でもない、私だ。

 私が泣く資格も、傷つく資格もない。でも綾人、これで少しはホッとした? 川嶋さんとの結婚を進められるって。綾人自身はもちろん、ご両親にとってもそれが一番なんだよね。

 アメリカに行っても私のことを気にせず訓練に臨めるし、つらかったり弱音を吐きたくなったりしたら川嶋さんは会いに来てくれるのだろう。

 これでいい。大林さんのことも、川嶋さんの存在も関係ない。私たちが、別れるのはごく自然な流れなんだ。

 傲慢なのは百も承知で、必死に自分を納得させた。

※ ※ ※

 はっと目が覚め、隣で眠っている凌空を確認し、布団を出る。

 今日もまた凌空を寝かしつけてそのまま一緒に眠ってしまった。でも持ち帰った仕事はほぼ終わっているので少しだけ安堵する。
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