同僚に研究と彼氏を盗られて田舎で鉱物カフェしていたら出会った、溺愛とろあま御曹司
ど、どろぼう……?
ええ? 盗っちゃうの? どうしよう、声かけて言わなきゃ。
やめてって、返してくださいって言わなきゃ。

膝がガクガクした。
前の、研究を盗られて泣き寝入りした記憶がごっちゃになって。
私、また盗られるんだ、なんで私ばっかり……
ちがう、今は言わなきゃいけないのに。
「盗ったでしょ」の一言が、出ない。
唇が渇きすぎて貼りついちゃって、はがれない。
足元はどうしたの? 体を支えられない泥地になったみたい。
私、しっかりしなきゃいけないのに。

「帆夏さん?」

北園さんが心配してくれてる。
私は机の陰で小さく、三人目のお客さんの方を指した。
スッと真剣な顔つきになった北園さん。
今度は北園さんも気配をうかがってくれてる、その中で、三人目のお客さんは次の標本をターゲットにした。

「そこのお客さん。お店の備品をくすねる気かい?」

三人目のお客さんに、北園さんは鋭い声で話しかけた。

「な、なんのことかな」

北園さんはまだ閉じていないリュックの口を引っ張り、中に入れられてしまっていた鉱物標本を示す。

「これ、ここの展示品じゃないか」
「そ、それは……ぼくの私物だ! ぼくも鉱物が好きでね、今日は持ち運んでいたんだ」

なんと泥棒は盗んだものは自分の所有物だとの言い訳を開始した。
標本ケースといい、結晶といい、私のお店のものだと主張してくれる北園さんに対し、標本ケースは一般的なものすぎるし、収められた結晶に記名はないと返す泥棒。

北園さんがここまで助けてくれたんだもの、私、勇気を出したい。
きゅっと手を伸ばして、泥棒のリュックから見えてた鉱物ケースを取り出す。
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