悪女は果てない愛に抱かれる
しまった。
これを奪うことが先決だった……っ。
「テメエ……! ガキが!」
その刹那、おもむろに振り回されたナイフの刃先がわたしの胸元をかすめて。
恐怖のあまり、思わず退いてしまう。
そのまま逃走するかと思ったのに、相手は逆上した目でわたしを睨みつけてきた。
わたしはまだ、地面に屈みこんだ体勢のまま。
──あ、これ……やばい。
妙に冷静な頭でそう思った。
相手がナイフを振りかざす一連の動作が、やけにスローモーションで目の前を流れた。
──その直後。
犯人の体が、何者かによって蹴り飛ばされた。
一瞬のことで、すぐには状況が理解できず。
何度か瞬きをして、男が飛んでいったほうへ視線をスライドさせた。
見るとそこには──観月くんがいた。
倒れた男に跨り、その体を足で乱暴に蹴りつけている。
まるでいたぶるのを楽しんでいる獣のように見え、ゾクリと背筋が冷えた。