悪女は果てない愛に抱かれる
恥ずかしいし、それ以上に悲しい。
好きな人に知られてしまった。
出会ったのは偶然なのに。
お父さんからの命令がくだる前だったのに。
「わたしのことを見張ってた人って……誰なの?」
「別にお前を見張らせてたわけじゃない。証拠として繋がったのは偶然だった」
「偶然?」
「間交差点での事故の日。お前が乗ったタクシーの運転手……誰かに似てると思わなかったか」
「……っ、──」
心臓が冷たい音を立てた。
記憶がフラッシュバックする。
あの日は安哉くんのことで頭がいっぱいで、運転手さんに誰かの面影を感じながらも、深く追及することはなかった。
だけど……。
あの声、淡々とした話し方、色素の薄い茶色の瞳……。
「遥世、くん……」
「そう。あいつの兄貴だよ」
そっか。
そうだったんだ……。
驚く元気は残っていない。
ただ無気力に現実を受け止める。
観月くんはきっと、わたしが橘の情報を得るために近づいたと思っている。
せめてそれだけは否定したいのに、信じてもらえる証拠を、なにひとつ持っていない。
アスファルトに、ぽたりと涙が落っこちた。
どうしてわたしは桜家の娘なんだろう。
どうして好きになったのが、観月くんなんだろう。
わたしが桜家の娘じゃなかったらよかったのに。
観月くんが橘家の息子じゃなかったらよかったのに。
どちらかが、違うだけで、よかったのに。
涙が視界を白く濁していく。
好きという気持ちに鍵をかけたはずなのに、閉じ込めても閉じ込めても溢れていってしまう。
少し前を歩く観月くんに気づかれないように、声を殺して泣いた。