悪女は果てない愛に抱かれる

恥ずかしいし、それ以上に悲しい。

好きな人に知られてしまった。


出会ったのは偶然なのに。

お父さんからの命令がくだる前だったのに。



「わたしのことを見張ってた人って……誰なの?」

「別にお前を見張らせてたわけじゃない。証拠として繋がったのは偶然だった」


「偶然?」

「間交差点での事故の日。お前が乗ったタクシーの運転手……誰かに似てると思わなかったか」


「……っ、──」


心臓が冷たい音を立てた。


記憶がフラッシュバックする。


あの日は安哉くんのことで頭がいっぱいで、運転手さんに誰かの面影を感じながらも、深く追及することはなかった。

だけど……。


あの声、淡々とした話し方、色素の薄い茶色の瞳……。



「遥世、くん……」

「そう。あいつの兄貴だよ」


そっか。

そうだったんだ……。


驚く元気は残っていない。
ただ無気力に現実を受け止める。



観月くんはきっと、わたしが橘の情報を得るために近づいたと思っている。

せめてそれだけは否定したいのに、信じてもらえる証拠を、なにひとつ持っていない。



アスファルトに、ぽたりと涙が落っこちた。


どうしてわたしは桜家の娘なんだろう。

どうして好きになったのが、観月くんなんだろう。


わたしが桜家の娘じゃなかったらよかったのに。
観月くんが橘家の息子じゃなかったらよかったのに。


どちらかが、違うだけで、よかったのに。



涙が視界を白く濁していく。


好きという気持ちに鍵をかけたはずなのに、閉じ込めても閉じ込めても溢れていってしまう。


少し前を歩く観月くんに気づかれないように、声を殺して泣いた。

< 167 / 197 >

この作品をシェア

pagetop