悪女は果てない愛に抱かれる
…………え。
…………は。
視界に、相手の足元が映った。
わたしが履いているローファーと、二ケタほど額が違いそうな艶のある立派な革靴。
──『お前、さっきルリが連れてきた女か』
同じだ。ここに入る前、エントランスで鉢合わせた彼の声と。
この人は、ミヅキ──改めて、橘観月だ。
実在して、いる。
出かけたんじゃなかったの?
帰ってきたの?
早くない?
ていうか、見られた。
盛大にため息をついていたところ。
ケーキと紅茶でもてなしてもらっておきながら裏でこんな態度をとっているなんて、無礼極まりない……。
「お、お邪魔してます。今は……その、お手洗いをお借りしようとしていたところで」
怪しいことをしようとしていたわけではありません、と、ポケットからハンカチを出してアピールしてみる。
おそるおそる顔を上げてみたけれど、彼の目を見ることはできなかった。
だって、見てしまえばきっとまた石にされてしまう。この人はメデューサだから。
すると、視界のぎりぎりに収まった彼の唇が、ふと、薄い笑みを称えた。
「……はは、顔面蒼白」
自身の激しい鼓動に紛れて聞こえたのは、そんな声。