悪女は果てない愛に抱かれる

口元は笑っているのに、響きはひんやりと冷たく。
その冷たさがぐさりと身体を貫いて、まだ目を見てもいないのに身動きがとれなくなった。


磔に、されているみたい。



「………し、つれいします」


どうにかこうにか支配から抜け出して、早足でお手洗いへと向かう。

その間、気づけば息を止めていた。


すう、はあ、すう、はあ、息を整えて、個室の壁にこつんと頭を預ける。


さすがなもので、お手洗いも男女別に個室があり、ドレッサー付きの広々としたパウダールームまで完備されている。

台に飾られているのは、橘の造花。

うう……。ここに来てもなお現実を知らしめてくるとは……。


あーあ、やってしまったなあ。

改めてうなだれる。

悔いても時間は戻らない。

今日、繁華街に近づかなきゃよかった……。


一瞬、そう思ったけれど。

わたしがあのときあの場所にいなかったら、ルリちゃんはナンパ男にひどい目に遭わされていたかもしれない。

助けられてよかった。
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