悪女は果てない愛に抱かれる
嘘である。
裏社会では日常茶飯事である不測の事態に備えて、幼い頃から中国武術を習わされていた。
もちろん護身のためで、実際に誰かを傷つけるために使ったことはないけれど
『実戦経験がないとすぐ死ぬぞ』と脅され、夜中まで安哉くんの相手をさせられたことも数知れず。
ちなみにナンパ男に食らわせてしまった技は、正確には“後ろ回し蹴り”という。
「あははっ、足が勝手に相手に直撃……そりゃあいいや」
遥世くんにも笑われ、顔がじわっと熱くなる。
「そういえば、今井はたしか体育の成績もよかったよな」
「っ、そんなことないよ。ていうかもう、わたしのハナシはいいので……っ」
ソファに座って、ふたたび紅茶を口に含む。
なんとか話題を逸らさなくちゃ……。
と、思考を巡らせたとき。
「あっ、そうだ。観月さん帰ってきたから、あゆ先輩に紹介するね!」
ルリちゃんがそう言うので、危うくお茶を吹きそうになる。
もう本当に勘弁してほしい。