悪女は果てない愛に抱かれる

「よく喋るな。見かけによらず」


黒い瞳がわたしを捉え、ぎくりとする。


昔、安哉くんに教えてもらった。

スパイたるもの、後先考えずなんでもかんでもべらべら喋ってはいけないのだと。


いけない。
慌てるとつい饒舌になってしまう。

これ以上ボロがでないように黙っていよう。


そして尋問を回避するために、早く最後のひとくちを食べてここを出て行かねば。


「ごちそうさまでした」


最後までじっくり味わうことはできなかったけれど、状況が状況なのでしょうがない。


「あの、ルリちゃんにお礼を伝えておいてくれませんか? “今まで食べたシュークリームの中で一番美味しかったよ、ありがとう”……って」


ページをめくる観月くんにそっと声を掛ければ、
視線がゆっくりとわたしにスライドしてきた。



「そんなに美味かったの」

「っ、はい、それはもう! 生地はサクサクで中のクリームは濃厚でとろけるくらい甘くて……っ」


つい、はしゃいだ声を上げてしまって、ハッと口をつぐむ。


そのとき、ふと目の前に影が落ちた。

ほのかなムスクが鼻先をかすめ、その香りに一瞬くらりと酔わされる。


その隙を突くようにして、彼の唇がわたしの呼吸を静かに封じた。



「………ほんとだ、甘」
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