悪女は果てない愛に抱かれる
時間が、止まったみたいだった。
至近距離で視線が絡んで、身体も意識もがんじがらめ。
緊張と静寂の心地よい支配の中で、鼓動が早まるのを感じた。
お互いの微かな息遣い以外、何も聞こえない。世界がふたりだけのものに変わっていく。
触れたら簡単に壊れてしまいそうな世界だった。
壊しておかなくちゃいけない。簡単に壊すことができる今のうちに。
わたしは桜家の娘で、彼は橘家の息子だから。
“ほら……早く──目を逸らして”。
そんな戒めも、ここでは届かず。
「急に黙るなよ」
「…………、」
いやいや黙るでしょう。
いきなりキスをされたんだよ。
こんな場面で黙る以外なんの選択肢があるの。
殴る? 蹴る? 突き飛ばす?
と、胸の内側で、おそらく一般的であろう建前を並べてみるけれど。
本音を含む深層心理としては、もうわけがわからないくらい、ただひたすらどきどきしていた。