悪女は果てない愛に抱かれる

わたしに電話を掛けるのは安哉くんしかいない。


そもそも、連絡先に登録されているのが安哉くんとお父さんと、それから離れて暮らしているお母さんのみ。


お父さんは仕事以外で家族とのコミュニケーションを取ろうとしないし、

お母さんとはもうずいぶんと長い間やりとりがない。


……大丈夫。

ピンチのときこそ冷静に。



「……た、……たぶん“弟”から……」


そう言いながら、観月くんに画面を見せた。



いつかこんなこともあろうかと──もちろん、昨日の今日でソファに押し倒されるとまでの予想はつかなかったけれど──

昨日、SNSの通知に表示される安哉くんの名前を《弟》に変更しておいた。



一部で出回っているのは、桜安哉に双子の“妹”がいるという噂。


わたしに“兄”がいると知れば、観月くんの警戒も強まるだろうから、

それを逆手に先手を打って、“弟”がいると刷り込ませる作戦である。
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