悪女は果てない愛に抱かれる

車が止まり、急いでシートベルトを外す。

メーターに表示された分の料金を差し出したけれど、運転手さんは受け取ろうとしない。



「あの、お金……」

「お代は結構です」

「えっ? でも……」

「僕、個人でやってるんでこうやってサービスしても怒られないんです。お兄さんのご無事を祈ってますよ、きっと大丈夫」



にこ、と微笑みながら送り出してくれて、うっかり泣きそうになる。


今のご時世でも、まだこんなに温かい人がいるなんて……。



「ありがとう、ございます……っ」


ドアを閉める前に、もう一度顔を見て運転手さんにお辞儀をした。


制帽を深く被っているからよくは見えなかったけれど、誰かの面影によく似ている気がした。

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