悪女は果てない愛に抱かれる
「ひどい事故……巻き込まれた人、大丈夫かな〜」
「バイクはもうだめだろ、ぶつかったのたぶんトラックだし」
「やばあ、悲惨ーっ!」
周りの人たちのそんな会話が聞こえてきて、足元がふらついた。
救急車が、一台、二台……と現場を離れていく。
……間に合わなかった。
安哉くん、なんで電話に出てくれないの?
無事なんだよね?
喧嘩したまま別れて、もう会えないとか、ないよね……っ?
赤い光が交差する景色が、しだいにぼやけていく。
やがて呼吸もままならなくなり、膝からがくんと崩れ落ちた。
「──さん? あの女がどうかしたんですか?」
「……いや。べつに」
「なら早く行きましょう、上の連中を待たせてます」
「……そうだな」
少し離れた場所から、また別の会話が聞こてくる。
わたしのことを言っているに違いない。
彼らの足音が遠ざかっていくのを感じながら、立ち上がろうとつま先に力を込めた。
そんなとき、ふと、誰かが前に立つ気配がして。
相手がゆっくりとわたしの前に屈み込んだ瞬間、鼻先をかすめたのは、ほのかなムスク。