邪竜の鍾愛~聖女の悪姉は竜の騎士に娶られる~
 終わりは簡単に訪れて、たん、と跳ねて飛び出した一歩は、そのまま死への一歩だった。
 ごう、という熱い空気が肌を焦がすのと同時に、視界が下へと落ちてゆく。
 遠くに見えるのはにたりとした笑顔を浮かべたセレナで、けれどそれもすぐに見えなくなる。悔しく思う、ことはなかった。
 それよりもずっと強い想いがミリエルの中に、突き抜けるように噴きあがったからだ。
 ──会いたい、ユアン。
 空には照り付ける太陽があり、下にはミリエルを焼く炎がある。月が見えない。ユアン、私のお月さま、あなたが見えない……。
 ……あなたのところに行きたい、ユアン。
 諦めと絶望がミリエルの全身を支配する。
 そうだ、もうユアンには会えない。でも、死ねば、彼方の世界でユアンに会えるかもしれない。死への甘い誘いに、今、ミリエルが応えんとした、その瞬間だった。
 ──遅くなってごめん、助けに来たよ、僕のミリー。
 慕わしい声が、脳に直接届く。一瞬、幻聴だと思った。都合のいい、ミリエルの妄想だと。
 けれど、瞬間沸き起こったのは、火口に似つかわしくない冷たい風だった。それはミリエルの怪我を、焦げ付いた肌を癒すように柔らかくミリエルを包み込み、なにか大きなものの「腕の中」へと誘った。
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