邪竜の鍾愛~聖女の悪姉は竜の騎士に娶られる~
──ミリー、怪我したの。
ふいに、ユアンがミリエルの額をなぞる。血に固まったそこは赤くぼそぼそとしていた。
「もう痛くないわ」
じんじんと痺れるだけだ。頭の傷は血が出やすい。
──ミリー……。
ユアンがぎっとセレナをにらむ。その先にいるセレナはどうしてか、笑っていた。
「うわああ! 邪竜だ! 邪竜が現れたぞ!」
「逃げろ! 焼き尽くされる!」
「本当に邪竜が存在するなんて……!」
優しく抱き上げてくれる竜の姿をしたユアンの腕の中で地上を見下ろせば、阿鼻叫喚の渦中でセレナだけが爛々と目を輝かせて喜んでいる。
「邪竜様……セレナはここよ!」
──前々から思っていたが、ミリー、君の妹は頭がおかしいのか?
「そういう、わけではないと思うのだけれど……」
そう思いはするが、おとぎ話のような異世界の話を現実だと言うセレナの狂気的な姿には、ユアンの言葉を否定できないものがあった。
と、そこで神話に出てくる邪竜の話を思い出す。たしか邪竜は聖女に浄化されたのではなかったか。眠っていた邪竜が起きた姿がユアンだというのはわかる。状況的にそれ以外ありえないからだ。
だが、そうするとユアンが神話で闇から助けてくれた聖女という役職に好意的ではない理由がわからない。……それとも、今もなお、彼は悪しき竜のままなのだろうか。
……ミリエルにとっては、ユアンが悪しき竜なのかそうでないのかはどうでもいい。
俗な思いだとはわかっているけれど、重要なのは、ユアンが聖女のことを愛しているか否かだ。
「ユアン、どうしてセレナのことをそんな風に? 彼女は今代の聖女よ?」
──あれは聖女じゃない。少なくとも、僕は認めない。
きっぱりとした言葉が脳裏に響く。それにほっとした自分がいるのを自覚して、ミリエルは恥じるように顔を伏せた。
(そっか、ユアンはセレナのことを好きじゃないのね)
胸を押さえて、ミリエルはほっと息を吐く。
──僕があの女に恋するなんて、ありえないから。
そんなミリエルの思考を呼んだかのように、ユアンが鼻を鳴らした。竜の大きな吐息がミリエルの髪を吹き上げる。
「心が読めるの?」