邪竜の鍾愛~聖女の悪姉は竜の騎士に娶られる~
「知らない、知らない、知らないわよ! ゲームにはそんな設定なかったもの!」
「君は何を言っているんだ!?」
 絶叫するルキウスがセレナを詰る。しかし、セレナは耳をふさいで首を横に振るばかりだ。
 そんな混乱のなか、王太子の隣に立つ青年──宰相だ──が、ふいに、宙に浮かんだままのユアンとミリエルを振り仰いだ。
「神竜様! どうかお許しを……この無礼、王族が意図したことではございません。生贄となるのはこの聖女もどきだけに……」
「もどき、ですって!?」
「セレナ! 君は黙っていろ! アトルリエ国の一大事なんだ!」
 許しを乞う宰相に、反射のようにまなじりを吊り上げるセレナ。そしてそれを叱責する王太子ルキウス。
 聖職者たちは右往左往していて、騎士団長はそれを落ち着かるのに手いっぱいなのだろう。
 一向に収まる様子のない状況に、ユアンが赤い目を細める。
「ユアン……大丈夫?」
 ミリエルはユアンの鱗をそっと撫でた。ユアンの静かな怒りが伝わってきたからだ。
 ──収まりがつかないな。
 ユアンはそう、ひとつ鳴くと、ミリエルを抱いたまま目を閉じた。ふわりとあたたかな光がミリエルとユアン自身を包み込む。
 漆黒の鱗を糸にして、しゅるり、とそれをほどくように姿を現したのは、長い黒髪を後ろで束ね、深紅の瞳を煌々と輝かせる青年、ミリエルのよく知るユアンだった。
「あ、あ、ああっ!」
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