邪竜の鍾愛~聖女の悪姉は竜の騎士に娶られる~
「うー? あう……?」
 セレナはその白い指を口に含み、ちゅぱちゅぱと吸っている。そして自分の周りに屈強な男たちがいることに気付いてか、わんわんと声を上げて泣き始めた。しょわわ、とセレナの法衣に黄色い染みが広がって、独特のにおいが鼻をつく。
 まるで赤子のようだ、と思ったミリエルに、ユアンが静かな声で口を開いた。
「聖なる魔力は相手に危害を加えることができない。しかし、聖なる魔力は悪しきものを浄化することができる。浄化と消滅は同じものだ。聖なる魔法が跳ね返ったことで、彼女の中の記憶がすべて消滅したんだ。……浄化された、と言うべきか」
「あー! あああー!」
 泣き続けるセレナは、護衛兵に肩を押さえられたままだ。心配して駆け寄る者はいない。
 それはとてもさみしい光景だった。と同時に、彼女への報いの重さを思い知るようなものだった。
「もう大丈夫だよ、ミリー」
 ユアンがミリエルの銀髪をそっと撫でる。血の塊をほぐすようにして、何度も何度も手櫛でくしけずられる。そこに、ミリエルへのいたわりはあれど、セレナへの憐憫のようなものは感じられなかった。
 そう、これが人ではない、ということなんだわ。とミリエルは一瞬、ユアンに畏怖のようなものを抱いた。けれど、たったその一点を超越するほど、ユアンを愛していた。もう、ずっと昔から、そう思っていた。
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