邪竜の鍾愛~聖女の悪姉は竜の騎士に娶られる~
 次の聖女は生まれない、というユアンの言葉は教会の人間だけとはいえ大勢が聞いており、かん口令を敷いても完全に抑えることはできなかったようだ。
 信仰対象の消失。それも教会の権威の失墜につながったのだろう。
 遠くの、もはや他人事のように遠くの出来事を、ミリエルは少しだけ憐れに思った。
 その時、ふいに後ろからぎゅっと抱きしめられて、ミリエルは目を瞬いた。
「ミリー」
「ユアン! おかえりなさい。いつ帰っていたの?」
「今だよ。声をかけたのに、ミリーが何も言わないから」
「ええっ! ごめんなさい、全然気がつかなかったわ」
 謝るミリエルに、ユアンが「いいよ」とほほ笑む。
「僕がもっと早く帰ってくればいいだけだからね。今日の獲物はうさぎだよ。おすそわけでニンジンとジャガイモをもらったから、ミルクで煮込んでシチューにしよう。僕が作るからミリーは座っていて」
 一流の狩人として村の男たちのまとめ役となったユアンは、ここのところ帰りが早い。
 ミリエルが仕事できない状況である、というのもあるのだろうけれど、それにしたって心配し過ぎである。
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