真夜中プラトニック
エピローグ
「改めて秋月専務、陽咲さん、ご婚約おめでとうございます」
いつか歌子さんに教えてもらった喫茶店のテーブル席で向かい合った田宮さんが、満面の笑みで祝福してくれる。
「ありがとうございます、田宮さん」
私は照れくさく笑って、ちらりと隣の朔夜さんを見上げた。
彼もまた優しい眼差しで、私と目を合わせてくれる。
「はー、幸せそうですねぇ。陽咲さんに向けるその微笑みを少しでも会社で見せてくれたら、僕の心労も軽くなるのですが」
「は?」
「朔夜さん、田宮さんにももう少し優しくしてあげましょう?」
「陽咲がそう言うなら」
「専務、陽咲さんには信じられないほど従順ですね……」
軽く引いている様子の田宮さんに、朔夜さんは素知らぬ顔である。
なんというか、朔夜さんは私と両想いなのが発覚してから、前にも増して私への甘やかしが止まらない。たいていの意見が「陽咲がそう言うなら」で通ってしまう。これではまずい気がする。
もうすぐ私は仕事復帰するけれど、引き続き朔夜さんのマンションに住むことになった。
それに、朔夜さんからは想いを伝え合った直後に「結婚を前提にして付き合いたい」と乞われ、恋人を飛び越え今や婚約者である。展開が早い。
ちなみに歌子さんにもこの件を報告したら、ものすごくはしゃぎながら何度も『おめでとう』と言ってくれた。いろいろと心配してくれた彼女にも、またなにかお礼を考えておかないと。
「お父君も、陽咲さんとのことよろこんでいましたね」
「……まさか、泣かれるとは思わなかった」
しみじみとした田宮さんのセリフに、朔夜さんが苦い顔で返す。
つい数日前、緊張しながら婚約のご挨拶にうかがった朔夜さんの実家で、私は初めて彼のお父様と対面した。
朔夜さんと顔立ちが良く似た、五十代半ばほどの男性。その表情は堅く、私はますます身体をこわばらせたけれど、朔夜さんにこっそり『いつもこんな顔だから』と耳打ちされてほんの少しだけ安堵した。
広いリビングのソファに向かい合い、まずは朔夜さんが淡々と、次に私がたどたどしくも結婚を前提としたお付き合いの挨拶を口にしたとき。朔夜さんのお父様が、その目からつーっと涙を流されたのだ。
私はもちろん、朔夜さんもとても驚いていた。お父様は綺麗に畳まれたハンカチで涙を拭くと、私に『息子をよろしくお願いします』と深々と頭を下げたのだった。